土井善晴の「新玉葱のけったん」と「男の顔は履歴書」
日経新聞夕刊一面「あすへの話題」
「新玉葱」
「新玉葱の季節だ。
関西に生まれた私には、
玉葱といえば泉州か淡路だ。
柔らかくて煮えやすく扱いがよい」
タマネギは年間を通して、
生産され、流通している。
通常、2月上旬に九州産が出回り始めて、
タマネギ前線のごとく産地が北上し、
8月上旬から翌年の5月までは、
主に北海道産となる。
そのなかで新タマネギは、
春先にだけ出回る早生種のこと。
普通のタマネギは収穫後に乾燥させる。
けれど新タマネギは収穫後すぐに出荷する。
だから柔らかく辛味が弱い。
タマネギの独特の匂いと辛さは、
「硫化アリル」に由来する。
硫化アリルはネギ属の植物に含まれる、
無色透明の有機硫黄化合物だ。
ネギ、タマネギ、ラッキョウ、ニンニクなど。
新陳代謝を活発にし、
血液をサラサラにする効果がある。
抗菌作用もあるので風邪の予防にも役立つ。
ただし硫化アリルは加熱すると成分が変わる。
したがって新タマネギは生食すれば、
硫化アリルを効率よく摂取できる。
土井さん。
「明治初期玉葱が日本に入ってきたとき、
当時の和食にはなじまず
なかなか受け入れられなかったが、
牛肉との相性のよさから、
すき焼きと言えば牛肉の関西に根づく」
「このごろの玉葱は刺激がなく
保健効果が弱まり、涙の情緒も失った」
「生でも辛味がなくて、
水晒(さら)しなしでおいしく食べられる」
土井さんが修行時代のご主人に教わった玉葱料理。
「新玉葱のけったん」
油でこんこんと炒めることを「ける」という。
けったんはその油で炒めた料理。
その調理法。
「玉葱の芯をくるりと抜いて、
横半わりにして、
水流を利用して、
内側に押し出し、
リングを外して椀(わん)型にする」
「中華鍋に油を熱して、
水滴のついた玉葱を炒め、
少ししんなりすれば、塩をして、
牛の切り落とし肉(牛コマ)を
玉葱の上に広げてのせ、
お肉の分の塩をして、蓋をかぶせ、
ごく弱火で、じんわり、
牛肉に(半ば)火が通るまで待つ」
「肉に火を通している間に、
他の事ができるので、
忙しい厨房の賄いにはかなり役にたつ」
「鍋の中では、
当たりの柔らかい玉葱が放つ蒸気は
肉にストレスを与えず、
肉はその旨みを下の玉葱に落とす」
「牛肉に完全に火が通る前に、
蓋を取り、強火にして、
2~3度鍋を振り、なじませる」
「シンプルだが……
食材の取り合わせ、包丁、火入れなど
……よく考えられたお料理だ」
これならば私でもつくれる。
「新玉葱、新じゃが芋、牛肉、
糸蒟蒻(こんにゃく)と青葱で、
同様に蒸し焼きにして
甘辛の肉じゃがを作る」
「夏の間、じゃが芋と玉葱は、
水分が多く火の通りよく、
扱いがよい」
土井善晴さんは、
1957年2月8日、大阪生まれ。
67歳。
料理研究家、フードプロデューサー。
十文字学園女子大学招聘教授、
甲子園大学客員教授。
家庭料理の第一人者・土井勝と信子夫妻の次男。
明星高等学校、芦屋大学教育学部産業教育学科卒業。
スイスとフランスでフランス料理を学び、
大阪の「味吉兆」で日本料理を修業した。
「男の顔は履歴書である」
大御所大宅壮一の言葉だが、
土井さんの穏やかな顔を見ていると、
それを実感する。
もちろん女性の顔も履歴書だと思うし、
商人の顔も履歴書である。
ありがとう。
〈結城義晴〉
2 件のコメント
文章を読んでいるだけで食欲が著しく刺激されます。いい売場もそうですね。
ありがとうございます。
土井善晴さんは素晴らしい。
良い文章、良い商品、良い売場。
それだけで生活意欲が沸いてきますきます。