第22話 アンジェラ2011年12月28日(水曜日)

ジョージ君にはドイツ人に対する先入観があった。
金髪、ブルーアイ、男子なら身長180㎝以上。
それがヒットラーが理想としたゲルマン民族だ、という文章を小学6年生の時に読んだ。

スピーチのクラスで一緒だったアンジェラは、ブルーアイで金髪、身長174センチ、理想的な体格と容姿をしていた。
しかも、見た目は非常に清楚。
ジョージ君は一目で気に入っていたが、はじめから高嶺の花と思い、遠くから眺めるだけの存在であった。

アンジェラは、スイスからの留学生、モニカといつも一緒にいた。
モニカは豹のようなエキゾチックな目をし、亜麻色の髪をなびかせていた。
アンジェラとモニカはよく二人でキャンパスを闊歩した。
背恰好の変わらない、ツイン(双子)のような二人が歩くと、男子学生は口笛を吹いて、はやし立てた。
しかしどういうわけか、彼女たちは短大の幼い男子学生には目もくれなかった。

ジョージ君は、外国人の留学生パーティで、何度か二人と話をした。
特にアンジェラとは、同じスピーチのクラスを取ってから、良く話をするようになっていた。

ある日、ジョージ君は大学のカフェテリアでアンジェラと雑談をしていた。
コーラを飲んだあと、「バーイ」と言って、別れのハグ(抱擁)と軽いキスをした。
この程度のアメリカの習慣には、ジョージ君はすっかり慣れていた。
軽く抱擁とキスをするだけのはずなのに、彼女は舌でジョージ君のくちびるに触れてきた。
ジョージ君は思わず、彼女を抱き寄せ、舌を絡ませた。
真っ昼間、しかも誰もが見ているキャンパスでの出来事。
しかし、誰も気にしている様子はなかった。

ジョージ君は衝動的に言った。
「君のアパートに行っていいか?」
無夢病者のような心理状態であった。
アンジェラは答えた。
「アパートにくるの?それなら私のフォルクス・ワーゲンに乗ったら?」

夏休み前の暑い日だった。
アンジェラに憧れてはいたものの、想像したことすら無かった出来事だ。
突然、彼女の部屋に入ることになった。
何をしたらいいのか、とまどったが、なんとかソファに座った。
アンジェラのアパートは、ジョージ君が思っていた以上に、かたづけられていた。

アンジェラが口を開いた。
「Why don’t you go take a shower?」
ジョージ君は胸の高鳴りをおさえて聞いた。
「どうしてシャワーなど浴びるの?」
「私は汗が嫌いなの、汗ぐらい流しなさい。」
どうしてここで汗を流さないといけないのか、聞こうと思ったが、それはやめた。
シャワーに入り、いつもより念入りに体を洗った。
もちろん、体の一部は特に念入りに洗った。

ジョージ君がシャワーから出ると、アンジェラはもうすでに2階でシャワーを浴びて、べットに潜り込んでいた。
べットの横には一輪の赤いバラが活けられ、ベットの上には白い虎のぬいぐるみが置いてあった。
枕カバーは赤、シーツはピンクだった。
ジョージ君はそれだけで慾情した。

ジョージ君は気が動転していた。
ここに至るまで、まったくお付き合いはなかったのである。
あまりに突然の出来事で、信じられなかった。
清楚な彼女が何を考えているのか?
十分な会話もなく、ベッドインしようとしている。

ジョージ君は思い切って、アンジェラのベットに潜り込んだ。
青い目を見つめ、金色の髪をやさしくなでながら、キスをした。
焦ることはない、まだ午後3時だ。
外の日差しは強く、気温は38℃くらいにはなっているだろうが、部屋は冷房が効いていて、程よい温度であった。

アンジェラに思い切って尋ねた。
「君は俺に興味があるの?」
「え~?なに言っているのよ。あなたがいつも熱いまなざしで、私を見つめていることぐらい、気づいてたわ。あなたは日本人でしょう。私は一度、日本の男性と話してみたかったの。しかもね、今まで誰にも言わなかったけど、実は私、中学校のころ、歌麿の絵を初めて見たの。あなたがスピーチのクラスで浮世絵の話をしたでしょう。あの時あなたが教室で見せた浮世絵は、葛飾北斎や広重の風景画だったでしょう。私だったら歌麿の春画を見せたと思うわ。そうすれば、みんな大騒ぎになって、インパクトがあったと思う。いずれにせよ、そのとき以来かな?あなたと2人だけで話をしたいと思ったのは。」

アンジェラはさらにつづけた。
「ドイツではね、歌麿の浮世絵イコール春画なの。あれを見たときの衝撃は決して忘れないわ。子供心に脳天を打たれ、見てはいけない大人の秘密を見てしまったような気がした。それ以来、ずっと日本に興味を持ってきたの。いつか、歌麿の世界に触れてみたいと思っていた。そう、源氏物語も読んだわ。あなたの国、日本には素晴らしい官能の世界があるのね。今日はあなたという性の教材があるわ。ドイツやアメリカでは、セックスはスポーツと同じ。日本のように、アートや遊び、官能の世界ではないの。浮世絵の話をしたジョージと、いつかこんなときがくるんじゃないかと、漠然と思っていたわ。今日は楽しくなりそう!」

これは責任重大である。
ジョージ君から官能という日本芸術を学ぼうとするなど、とんでもない。
ジョージ君では明らかに役者不足だということは確かだった。
あまりにも体験が少なかった。

好色一代男のストーリーを思い出そうとしたが、彼女の喜びそうな妙案は浮かばなかった。
しかしもう衝動は止まらない。
目をつぶって彼女のそこに触れてみた。
若い彼女の肉体はすでに十分すぎるほど濡れていた。
テクニックのことは忘れよう。
それはこの次のときでいい。
最初なら、衝動に任せた行為ということで許されるだろう。
まもなく日本の桜の花のごとく、ジョージ君は簡単に散った。
武士道のごとく、いさぎよいと本人は自己満足をした。

しばらくの放心状態の後、ジョージ君の脳は不安でいっぱいになった。
彼女はどう思っているのか?
再挑戦しないといけないという強迫観念に強く襲われた。
しかし2度目への挑戦意欲はすぐには沸かなかった。
どうしてもだめなのだ。

アンジェラは不満そうな顔した。
こんな清楚な可愛い顔をして、彼女は何を思い、何を考えているのだ。
そもそも、どんな女なのだ。

やがて、ジョージ君は焦ってきた。
「他の男たちは何時間後に立ちあがるんだ?」
「A minute」
「たった1分で?それはないだろう」
「昨夜はバニラと3回もしたわ」
「え、昨夜も?バニラって、あのケニヤからの留学生?栄養失調のように痩せていて、いつも金がないと言っている男?」

昨夜もやったなどと、おめおめと言うなんて俺をバカにしている。
ジョージ君は怒って帰ろうと思った。
しかし、歌麿がケニヤの男に負けるのは悔しい。
また、長い間憧れてきた金髪美人は捨てがたい魅力であった。
相手がNOと言わないかぎり、ここは忍耐だと思った。

話題を早く変えないといけない。
「君は『千夜一夜物語』を知っているか? 千夜を共にするのと、一晩で10回とするのと、どちらが素敵と思うかい?」
「女なら千夜を共にするのが素敵よ。」
「そうか。俺はこれから君と千夜、共にしたい。そして『千夜一夜物語』のように、君に毎晩、古今東西の面白い話をしてあげるよ。そもそも世界には「3大性書」というものがある。君の読んだ『源氏物語』のほか、インドの『カーマ・スートラ』、中国の『金瓶梅』だ。いずれもアジアで書かれた性の大書である。この世界ではヨーロッパ人など、まだまだ未熟だ。特にドイツは野蛮なレベルだ。そうだ、実は『千夜一夜物語』に似た話が日本にもある。12世紀の日本、そう、『源氏物語』の終わりのころの時代。貴族の家来だったサムライが力もち始めた時代だった。ものすごく強い力をもつ弁慶という僧兵が、合計1000本の刀を収集しようと決断をした。そのため、京都の五条大橋のたもとに隠れ、サムライを脅かし、999本もの刀を奪った。ところが、ついに1000本目の刀を奪おうとしたとき、相手は源氏の棟梁で、忍者のように身の軽い若武者、牛若丸だった。弁慶は負けてしまった。その後、彼は牛若丸の家来になった。ようするに999本の刀までは集めたが、1000本目で弁慶の野望はついえたという話である。アンジェラ、弁慶は非常にラッキーなやつだと思わないかい?」

アンジェラは聞いた。
「どうして?」
ジョージは答えた。
「実は僕は、弁慶のように、今日の今日までは、1000名の女性と関係を持つのが夢だった。ところが今日、君と出会って、降参したよ。私にとって君は牛若丸なのだ。今は君と千夜共にすることしか考えられなくなった。君が最初の女で、最後の女にしたい。これでは俺の人生は、1000人どころ、君ひとりの女で終わりだ。願わくば君こそ、最後の女・千人目であって欲しかった。そうであれば、私の青春には悔いなしだ。1000人目に牛若丸に出会った弁慶が本当に羨ましい」
「What a stupid story it is. なんてバカな話なの。ジョージは何を言いたいの?くだらないけど、でも面白いわ。もっとほかの話もして」

よしわかった。
「今度は紀元前のイスラエルの王、ソロモンの話しだ。彼はたくさんの詩歌を残した。その多くは性を、女性の肉体を、讃嘆した詩歌だった。彼はいかに妃や、女性たちを愛したか、詩で残している。今日はただ言葉だけでなく、その詩に書かれていることを君と実践してみよう。」
「面白そうね、楽しみだわ、何をすればよいかしら?」
「赤ワインを持っているかい?なければ赤い酢でも良い」
「ガロ(安物の銘柄)の安い1ガロン入りのワインならあるよ。」
「それでは大きすぎて、重すぎる。小瓶に移そう。君がピロー(枕)の上に尻を乗せる。尻の下に布のナプキンを敷き、君のその小さな肉盃に私がワインを注ぐ。もちろん、ヒップは常に平行に保ち、ワインは絶対にナプキンの上に漏らしてはいけない」
これは絶妙な筋肉を必要とする。
幼いころからバレーボールで鍛えられた彼女の肉体なら、容易できそうだった。

「そのワインを俺が一滴も残さず、舐めほすのさ。何分間、君が一滴ももらさずに、その体位を平行に保つことができるか?もちろん、このゲームには俺の協力も必要だ。君が快感でのけぞるまでの間に俺は一滴も落とさず、舐めつくさないといけない。お互いの協力が必要なのだ。体の奥深くに入ったワインは、私があのストローで飲みほしてみせるよ。」

「ジョージ、あなたはなんてみだらな人でしょう。もう最高、日本人大好き!You are my源氏の君、それとも、あなたは歌麿?」
歌麿など想像の世界、とんでもないと思ったが、反論はしなかった。
歌麿がいなければこのチャンスは巡ってこなかったのだ。

「ジョージは遊び心を知っているね。ドイツの不作法な大男とは大違い。繊細な遊びね!」
真っ白な肉体に注がれた赤いワインを見るだけで、欲情に再び火が付いてきた。
漏れそうになったワインを、盃の縁から舐めまわし、最後には一気にすべてのワインを吸い込む。
これを数回繰り返した。
彼女は大きな声をあげ、快楽にのけぞった。

ジョージ君が2度目の戦闘態勢に入った、その瞬間、肝心なところで電話が鳴り響いた。
アンジェラは最初、電話を無視していたが、しつこく鳴り続けた。
一度目は切れたが、またすぐ鳴った。
集中力が切れると言って、行為を中断して電話を取った。

「はい、誰?あら、バニラ、何よ?また会いたい?すごいね。じゃあ部屋で待っているから早くおいで」
ジョージはあわてた。
この女、何を考えているのだ。

ジョージは怒って言った。
「私が今ここにいるのに、なぜ他の男を呼ぶ?」
「3人ではどうかしら、日本の春画にそれはなかったかしら?いやなら観ている?」

ジョージ君は、おったまげた。
さすが、ヨーロッパのフリー・セックス大国からきたドイツ女だ。
彼女は自立していた。
男に愛されるためや、社会の好みに左右される女性像は求めず、自分の感性のままに生きていた。

この見た目だけ清楚な金髪の美女との情事は、その後、頭の中で結びつかず、本当にあったことなのか、キツネに騙されたことなのか、記憶がはっきりしない。
ジョージ君のたくましい想像力が生んだ幻想のような気もする。

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つづく

ジョージ君アメリカに行く
  1. 浮世絵の歌麿、源氏物語の世界を文化タッチで書かれていました。
    私にはできないな。
    さすが先輩の浅野さん。
    五十嵐さんやJAC女性社員がが読んだら社長更迭になるかな。

    Comment by asai
  2. この程度で驚くような女子社員はいないですね?
    続編を読みたいそうですが、自伝としたのが間違いです。
    すべて未遂で終わる予定でしたが、
    日本男性も頑張ったと言いたかった。
    エンターテイメントを書くのはなかなか難しいです。
    後半のまじめなジョージ君にもご注目ください。

    ジョージ

    Comment by ジョージ君