第32話 2度目のホームステイ2012年3月22日(木曜日)

あれほどホームステイは2度しないと誓っていたジョージ君だったが、特に決まった仕事もなく、ガードマンとして住むだけで、現金$500をもらえるという魅力には勝てなかった。
いや、大学を卒業するにはもうそれしかないと思えた。

男手がいないので用心棒を必要としているのは間違いない。
用心棒というなら、ジョージ君は多少、腕には自信があった。
それより、元モデルで独身の女社長にも興味を引かれた。
七尾美がいるので、その気持ちは封印したが。

とりあえず、次の日曜日にストックトンに行き、七尾美の取っているクラスの教授の家を訪問した。
教授のワイフが、女社長の妹だった。
妹の話では、「大富豪のお姉さまは会社の社長で出張ばかりなので、大きな屋敷に一人娘を残していて不安である。誰かすぐにでも彼女の家に住んで欲しい」ということだった。
ちなみに一家はルーマニア人だそうだ。

ジョージ君はその足で彼女の家に行くことにした。
ストックトンから約3時間の距離だった。
ところがそこは森の中、なかなか家が見つからない。
当時は携帯もなかったので、何度も公衆電話から彼女の家に電話を掛けたが、ついに見つからなかった。

そこで、近くのスーパーマーケット、セーフェイで待ち合わせをすることにした。
しばらくして、ゴールドの新車のリンカーンがきた。
当時の金持ちは、ドイツのベンツやBMWよりも、キャデラックやリンカーンに乗っている人が多かった。

ジョージ君は胸を躍らせた。
いつの間にか、お見合いのような気持ちになっていた自分が可笑しかった。
使用人として品定めをされるのはジョージ君なのに、元モデルの彼女を品定めしようとしている不遜なジョージ君であった。

車の外から見でも、彼女の容姿はよく見えない。
髪は金髪だ。
凄く洒落た美人にも見えた?
いや、そのように想像することにした。
とりあえず、ジョージ君は「合格だ」と叫んだ。

彼女は親指を立て、手前に振った。
「ついて来い」という合図である。

ジョージ君の白い大型車、ギャラクシーは薄汚れていた。
分不相応な邸宅の庭にボロ車は吸い込まれるように入った。
丘陵地帯の中腹に真っ白なお屋敷が見えてきた。
ストックトンで見た富豪の家とは、その洗練度がまた違っていた。

ゲートがあり、そこから家まで、さらに75メートルほどあった。
彼女はキャサリン・テイラーと名乗った。
自分をミセス・キャサリンか、ミセス・テイラーと呼べと言った。
どうもファースト・ネームで呼び合うような、フレンドリーな関係を望んでいないことは、はっきり理解できた。

これは使用人と雇用者の関係だ。
当然である。
まだ会社の同期の給与は8万5000円程度の時代に、ジョージ君の給与は$500×230円=115000円にもなるのである。
その上、食事・部屋付きだった。

ジョージ君は薄汚れた服を着ていたが、地味で無口な日本人を想像していたキャサリンは、ジョージ君が明るく、フレンドリーで、おしゃべりだったので、喜んだ。

「さあ、今日からここで生活をしろ」と、2階の部屋に案内された。
そこからはギリシャ・ローマ時代のような、たくさんの大理石で造られた像に囲まれたプールが見えた。
周りはバラ園、まるでハリウッド映画のような世界だった。
そこでジョージ君は、主人公を演ずるのだと自分に言い聞かせた。

ストックトンのベティーの家では、ジョージ君の部屋は地下室にあった。
ずいぶん出世した気分になった。
ここは家族が少ないので普通の部屋を与えられた。

部屋はすべて空の薄い青で塗られ、ジョージ君のシーツや枕カバーはすべて朱色だった。
部屋が明るくて、めまいがするような気がした。
でもこれこそジョージ君の求めていた色だと思えた。

彼女は薄汚れた服を着ていたジョージ君を見て、「乞食少年のようだ。すぐにシャワーを浴びてこい。それからホームステイ条件を詰めよう」と言った。

ジョージ君は「着替えがないから、一度帰りたい」と申し出た。
「昔のハズバンドのガウンがある。シャワーを浴びたら、それに着替えろ。今のお前の服はすぐに洗濯しなさい。私は清潔好きだ。それを承知してくれ。埃も汚れも大嫌いだ。今の君の姿ならお断りだ。私は明日から出張する。早く君がここに住むことを決定したい」と言った。

ジョージ君はしかたなくシャワーを浴びて、彼女の差し出したガウンを身に付けた。
丈が長く、裾が床についてしまうほどであった。
「私の旦那は185センチあった。ジョージは少年のようだ」
その姿が面白くて、キャサリンは大声で笑った。

さて、条件や家庭のバックグランドの説明があった。
「私の旦那は軍隊でパイロットしていたが、事故で死亡した。私は彼の家業の洗剤会社を継いで社長をしている。私はアングロサクソン(ルーマニア人でなかったのか?それとも夫がアングロサクソンか?)で、スタンフォード大学の経営修士(MBA)を出た。若い頃はモデルでもあった」

ジョージ君は、「それでは貴方はWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタントの略、アメリカの支配階級)ですね」と確認をした。

彼女は「当然そうだ」と答え、言葉を続けた。
「私の美貌に彼が惚れたの。彼と結婚したけど、子供がいなかったので孤児院から養女をもらってきた。孤児の女の子が金髪で青い目だからもらったのに、ugly(不細工)な娘に育って、養女にもらったことを後悔している。今、彼女は私の最大のheadache(頭痛)だ」

やがて娘のマービンがボーイフレンドと一緒にやってきた。
178センチもあるのに、10センチのハイヒールを履いていた。
顔が小さく、口は曲がっていて、見るからに拗ねた感じの高校生だった。

一目で、これは容易ならないホームステイになりそうだと、悪い予感がした。
娘が問題の種だということがすぐに理解できた。

社長のキャサリンは常に肩を張って生きてきたような感じがした。
ジョージ君の前でも、威厳を保とうとしているのがわかった。
アメリカでも女性が社長をすることの大変さをジョージ君は感じて同情した。
彼女の容姿はともかく、色気がまったくないのである。
ギスギスしていた。

現金$500のため、この難しそうな女主人とうまくやらないといけない。
その方法は二つしかない。

一つは、彼女と男女の関係になること、ヒモになるか?
突然、「若いツバメ」という言葉を思い出した。
この辺がジョージ君の飛躍しているところだ。
が、そのぐらい考えないと、バカらしくてやっていられなかった。

相手がこれだけの大富豪の相手ならツバメでも紐でも、厳しかった親父は許してくれるかな?
父の顔を想像した。
怒っているように見えた。
白人の金持ちのおばさんにへつらう日本男児は、ジョージ君の好むところでもなかった。

妄想はともかく、彼女のこの態度では、ツバメなど現実的ではない。
99%は不可能な感じがした。
美人だか、仕事にしか興味がない、隙のない女性だった。

もう一つ仲良くなる方法は、はじめから言葉で、彼女に忠誠を誓うことだと思えた。
同じ屋根の下に住むのだから、時間を掛けてジョージ君の良さをアピールするなど、悠長なことはしたくなかった。
すぐに彼女に気に入ってもらわないと居心地が悪い。
缶詰工場の現場監督に気に入られた経験から得た知恵だった。

ジョージ君は、織田信長に仕えた木下藤吉郎が、寒い冬に信長のわらじを懐で暖めて気に入られた、といういつ話を思いだしながら強く言い放った。
「俺はあなたに忠誠を誓う。ここに住んでいる限り、私は100%あなたの味方だ。信用していい。日本では今もサムライ社会の伝統は生き続いている。私は以前、大手保険会社でサラリーマンをしていた。日本の会社社会、日本経済の成功は彼らの忠誠心にある。それが日本人の雇用関係だ」

彼女はジョージ君の言葉にいたく感動していた。
「私は超ワガママで、実はこの家には今まで一カ月以上勤まった留守番役も、お手伝いさんも、下男もガーデナー(庭師)もいない。君からそんな言葉が聞けるなど、考えもしなかった。ジョージに会えて本当にうれしい。これは運命の出会いかもしれない。
たまたま会社で経理を任せている日系人の会計士は、私がいくら怒っても、暴言を吐いても、いつもニコニコ笑って働いてくれている。私が『家の留守番役をしてくれる人は誰かいないか?』と相談したら、彼に、『あなたの家の留守番役は日本人にしか勤まらない』と言われた。すごく納得したの。そこで、大学で教えている義弟に頼んで、日本人留学生を探した結果、ジョージ、君がきたというわけだ。
ああ今日は本当に幸せな日だ。日本人のジョージがきてくれて心が晴れた、もう安心だ。
とにかく、君の仕事は、毎日私のべッド・メイキングをして、シーツを変えること。私の部屋のみ、毎日バキューム(掃除機)をしなさい」

その他の条件の詳細はあまり話し合わなかった。
一応、週に3回掃除のおばさんと、週2回庭師がくることになっていた。
洗濯はその掃除のおばさんがするという話だった。
キャサリンがいる時は、食事は彼女がつくると言った。

「ジョージが私のためにベストを尽くす、その気持ちだけで十分だ」
ジョージ君もいくら詳細を詰めても、どうせ力関係でころころ変わる。
嫌ならここを出て行けば良いんだ、と居直っていた。
あとはどちらの個性が強いかだけだ。
強い方のワガママが通る、それはジョージ君が今まで体験して得た、アメリカ感だった。

ジョージ君は詳しく聞きもせず、彼女の条件をすべて飲み込んだ。
彼女を100%受け入れられれば、彼女もジョージ君を100%受け入れてくれる可能性はある。

さあ、これから新しい生活が始まる。
「The『男』Man」になってやる。
この言葉は意味不明で、なんとでも解釈できた。
ただこう言う時、必ず、ジョージ君の口からでてきた言葉だった。

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つづく

ジョージ君アメリカに行く

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