〈第7話〉 癌告知
第3章 ―――― Open the Door of Health Opportunity (健康を得るために開く扉)
癌告知
「検査の結果が出ました。小腸のリンパ節に付着するように約8センチ大の腫瘍が出来ています。リンフォーマ(悪性リンパ腫瘍)とみてほぼ間違いないでしょう。他の臓器にも付着する可能性がある事と腫瘍の位置から考えても、放射線や切開手術を行うことは難しいと思われるので、CHOP療法という、4週間ごとに6クールの抗癌剤とライトキシン(抗リンパ癌)を投与する治療方法でいきます。副作用として、頭髪が抜けるケースが一般的です。その準備をしてください。」
突然の告知だった。
欧米では、通常これらの告知は本人に行われる。事務的に語られる医師の言葉を聞きながら、心理学の授業で以前学んだことのある“癌宣告を受けた人間が経験する動揺や、否定の感情変化のステージ”を思い出し、私はそんな風には感じていないなぁと考えていた。それどころか、逆に医師が述べるそれらの詳細が何の障害も無しにスーと私の頭に入っていった。
が・・・・しかし、“抗癌剤投与”という言葉に対しては強い拒絶を感じた。そして、医師の話が終わるや否や、ほぼ反射的にこう言い返した。
「あのう、もともと自分の体の中で出来たものですから、自分の体で治せないはずがないと思うのです。出来れば、化学療法をすぐに始めるのではなく、自然の療法で治療を行ってみたいのですが・・・」
それまで坦々とした口調だった医師は急に眉を吊り上げ、半場怒ったような口調で私の言葉を遮ぎった。
「とんでもない。代替療法(通常医療の代わりとして行う民間療法等の他の治療法)なんて全くもって時間の無駄!私はそんなものは一切信じません。今現在の貴女の状況には、 抗癌剤以外の治療法はない!貴女の保険会社には、既にこの診断結果を今日ここへ来る前に連絡を取り、治療を開始して良いという彼らの了解も得ています。」
“私への宣告より、保険会社への報告が先なのか?” 少し腹が立った。
「本日は、このまま最初の抗癌剤投与を行う準備も出来ているのですよ!あなた、助かりたいのでしょ?」
その畳み掛けるような口調にもめげず、私は続けた。
「では、せめて抗癌剤投与に入る前に、別の病院の専門医にセカンドオピニオン(他の医師の意見)を訊きに行くチャンスをください。それくらいの猶予はありますよね?」
「セカンドでもサードでも訊きに行きたければそうなさい。でも3ヶ月以内に治療を始める事を強く勧めます。オーケー!じゃあ今日はさようなら。」
医師の苛立たしい感情がヒシヒシヒシヒシと伝わってきた。私は彼に頭を下げ、検査の詳細が書かれた用紙を受け取って、診察室の外へ出た。
待合室の長椅子には、医師の診断を待つ患者達が窮屈そうに並んで座っていた。それを横目に見て“あぁ、先生は忙しいのだ、一人一人にとっては人生がひっくりかえる程の癌告知も、ここでは日常茶飯の事なのだ。”とか、某コーヒー店の山盛りホイップクリームにキャラメルシロップが滴るようにかけられ、いかにも体に悪そうな特大ドリンクを啜りながら、面倒そうに次の患者の名前を呼ぶ受付嬢を見て、“この彼女やその家族が、いつか患者としてここで名前を呼ばれる側に立った時は、どんな気持ちになるのだろうか?”等と、そんな事を考えながら屋外へと出た。
外は2~3日続いた雨が上がったばかりで暖かな陽が射し、緑の木々に煌く水滴が美しかった。私は立ち止まり、暫く足元の小さな水溜りを見詰めていた。“映画かTVドラマなら、こんな時は多分泣いてしまうんだろうな。”と思った。しかし、私の心は不思議なほど静かで、一滴の涙さえ流れてこなかった。
ふと、自分の内から声が聞こえた。『がんばれ、負けるな!』
幼い頃から、泣き虫で臆病なところもある私が、突然自分に降りかかった過酷な運命にうろたえる事も嘆き悲しむ事もなく、まるで誰かに強く抱き支えられているかの如く、そこにしっかりと立っていた。
携帯電話を取り出し、仕事中の主人に電話を入れると、留守番メッセージが流れたので、先ほど病院で告げられた内容を出来る限り正確に伝言に残した。主人に直接繋がらなかった事にホッとした。心配そうな身内の声を聞けば、心の糸が切れる気がしたからだ。次に“シティ・オブ・ホープ”という米国癌研究機関で著名であるセンターに番号案内で繋いでもらい、早速セカンドオピニオンのアポイントメントを入れた。
それからは息つく間もなく、私の病名についての関連情報をパソコンで検索したり、本屋や図書館に通って、自分の症状に関する書物を片端から読み漁った。友人や知り合いの伝手を辿り、様々な医学博士や代替療法の医師と話す機会を得たりと、とにかく出来得る限りの情報を収集した。
“自分の病気について学ぶ事。” それがあの時、先ず私が取った行動だった。今考えると、自分をしっかり強く支える為に、私の自己本能がそのように導いてくれたのだと思う。
数日後、シティ・オブ・ホープで受けたセカンドオピニオンでも、最初の医師とほぼ同じ言葉を伝えられた。
「あなたの悪性リンパ腫瘍のタイプには、抗癌剤が一番適した治療法です。1日も早く抗癌剤治療に取り掛かってください。さもなければ癌はどんどん進行しますよ。このまま放って置けば短くて1年、遅くても2年以内に命を失う事になるかもしれません。」
私の命に、期限がつけられた。
ショックだった。
五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター
2 件のコメント
毎週涙をながしながら読んでいます…
ゆうこさんの気持ち物凄く同調してどうしていいかわかりません。。。
この後の克服していかれたお話、楽しみにしています。
有難うございます。
ご購読感謝致します。
話はまだまだ暫くトンネルの中にいるような感じで進みますが
それでも時折、希望の木漏れ日が差し込みます。
そして最後は光のど真ん中へ抜けていきますので、
楽しみにされていてください。