〈第10話〉 Health Opportunity(健康を得る機会)
第4章 ―――― OPTIMUM HEALTH INSTITUTE(オプチマムヘルス協会)
Health Opportunity(健康を得る機会)
オプチマムヘルスとは、「最善の条件に満たされた健康な状態」という意味で、ここにいる人達は“真の健康を手に入れる”ということだけに集中する。
入所は必ず日曜の午後からと決まっており、これは前の章でも触れたように、一般の見学ツアー日と同時に入所者たちが帰宅する日でもある。従って、1週間に施設の門が開かれるのはこの日のみであった。
ツアーが終了する頃、見学客と混じり、O.H.I.滞在中に出される食事を主人と共に食べた。この日のメニューは、豆の種子を発酵させて擦り潰し、チーズ状に固めたシードチーズと名づけられた物と、アルファルファなどのもやし類、カットされた季節の野菜が盛り合されたプレートであった。それらは全て、一切の加熱処理を行なわない“RAW VEGAN FOOD(生菜食)”と呼ばれる究極のベジタリアンフードであると説明を受けた。
RAW VEGAN FOODなるものを初めて口にした主人は、“味が殆ど無く、モサモサしていて、まるでウサギの餌を食べているようだ。”と評した。これから毎日この食事を食べるのだなと思いながら、私はフォークで無理やり口の中に食べものを押し込んでいた。そして、主人に見えないように小さな溜息をついた。
食事の後、送りに来てくれた家族と別れ、門には次の日曜日まで錠がかけられる。ただそれだけ聞くと、何だか刑務所に入れられるように思うかもしれないが、こうすることで外の社会から離れ、ただ健康になることのみに集中することが出来るというO.H.I.の理念なのだ。その考えのもと、テレビやラジオ、新聞も一切置かれず、携帯電話の使用も厳しく制限される。
ここでの1日は、早朝5時からの体操とウォーキングに始まり、日が暮れるまでヨガ、ストレッチ体操、バウンシングと呼ばれる小さなトランポリンを使用して小刻みにジャンプするエクササイズ、恨みや怒り、罪悪感や恐怖心などを心理的療法で取り払う精神のデトックスや、瞑想、自家菜園法、食事療法を続けて行くためのクッキングクラスの授業がある。これらのコースは自分で選んで受けるか、または、スタッフのアドバイスによって受講する。
食事はおもに、O.H.I.内の畑で栽培・収穫された有機野菜と果物。それを毎日3度きちんと食べる。そして1日に2回、2オンスづつ、見学の際に見たこの施設内で栽培して保管されているウィートグラスジュースという小麦草の濃縮ジュースを、施設内に置かれている専用ジューサーで自ら絞って飲む。このジュースは高濃度の葉緑素、酵素、マグネシウム、ミネラルを大量に含む強力なデトックス効果のある小麦草のエキスだ。
それから、“リジュビーネーションドリンク”と彼らが呼ぶ、麦などを発酵させた酵素飲料(漬物の水が腐ったような匂いで、味は非常に酸味がある)と、施設で特別に蒸留している水(室温)をコップで8杯飲用しなくてはならない。
極めつけは、このO.H.I.のプログラム中で最も重要である“エネマ”―すなわちデトックスの為の浣腸と、”インプラント” と称される絞りたてのウィートグラスを管で直腸へ挿入させる療法だ。これを1日に2度行わなくてはならない。
この療法を行ってから用を足すと、緑色をしたウィートグラスの葉の塊に、浣腸では出し切れなかった便が絡みついて出てくる。中央に黒い種がある皮をむいたマスカット葡萄を想像して頂きたい。それがポロポロ出てくる感じである。種の部分は便だ。
入所中、このプログラムを繰り返し行うことにより、最も効果的な宿便取りが出来る。ちょっと異様な光景だが、インプラントを行いトイレで用を足した後は便器を覗き込み、出した便の状態を必ず観察する。しかし、不思議な事にそれらの便は殆ど匂いが無く、あまり汚いという感じがしない。人が一般に想像する便のイメージとかけ離れている。
O.H.I.へ入所すると、一番最初にこの為の浣腸に使用する挿入セット(ぬるま湯を肛門に挿入するため、先端が医療用ゴムになった点滴用の管が底に通された小さなプラスチックの手桶とその管を引っ掛けるもの。ウイートグラスを少しずつ体内に押し流すために使用する、手の平サイズのスポイドとチューブ入りの潤滑クリーム。それに子犬のトイレトレーニングに使用する真四角で水がもれない紙シーツ数枚)が全員に配られ、その手順説明が行われる。
説明後、部屋に入って早速試すようにと言われる。最初は抵抗があって管がきちんと入らず、お湯を溢してしまったり、ウィートグラスの挿入に失敗して衣服や床を汚してしまったりといささか大変だったが、それも回数を重ねる毎に慣れていく。
この方法を行うことで、本当に腸の中がすっきりして軽くなりガスも徐々に出てこなくなる。毎日しっかりと便を出し宿便を溜めないというのは、様々な病から身を守るためにとても重要なことだと学んだ。
費用は、それら全てのプログラムに部屋代と食事を含み、別にトリートメントルームで受ける施術を除けば、日本円にすると1週間8万円ほどである。
そして入所者の食事の世話や掃除、主な食料となる有機野菜を栽培する畑を耕すのは、ミッションと呼ばれる無償でボランティア奉仕をする人々である。彼らの殆どは元入所者で、最低3ヶ月間は院に滞在しなければいけない。しかし時間の空いた時は無料でプログラムに参加出来、寝るところも食事も入所者と同じものが提供される。ミッション体験の希望者は多く、時期によっては順番待ち状態だそうである。特に仕事をリタイヤした人々の年齢層が圧倒的に高く、定期的にミッションとしてO.H.I.へ戻ってくることが、余生の楽しみだと語る人もいた。
O.H.I.に滞在している間は、自らの病名を語ったり病気を治す為に来たとは余り口に出さない。代わりに、私のような事情で訪れた人は皆『Health Opportunity(健康を得る機会)』のためにここへ入所しに来たのだと表現する。
第1週目は、塩や醤油の塩分調味料を全く使用しない野菜と果物だけの食事を効率よく消化吸収させる為に、よく咀嚼し、唾液のみで飲み込まなければならない。よって、食事の前後と食間に水は一切出されない。
そのため、うまく食事を食べることが出来ずに食欲を無くした。身長157センチで、41キロあった私の体重は34キロまで落ちて、体力を消耗した。気分が悪くなっては吐き、顔や体中にアトピーのような吹き出物が出来た。なれない生活環境にホームシックも重なって、ましてや一日中英語だけを用いて誰かと話をするという気力も失せ、暇を見つけては横になって寝てばかりいた。体調は最悪で、こんな事を続けていたら死んでしまうのではないかと不安になる時もあった。
O.H.I.内部にあるカウンセリングセンターで相談すると、私に起こっている症状は解毒による好転反応であり、多くの人が体験する症状だと言われたが、精神的にも肉体的にかなり追い詰められていたのでそんな事は信用できないと思い、脱走して家へ帰ろうかと真剣に考えた。実際、そのころ私と同じ時期に入所し、脱走して二度と戻ってこなかった男性が1名いた。でも、あそこまでの思いをして子供と別れ、入所に反対していた義母を説得してまで来たのだから、今更帰るわけにはいかないという思いもあり、とにかくその週を耐えた。
2週目に入ると、少しずつ食欲も沸いてきて、唾液だけで食事を噛み下すことが出来るようになり、最初は味気なかった食事が美味しいと思うようになってきた。
やがて、吹き出物が出来ていた肌は赤ちゃんのようにツルツルになり、長年あったシミさえも薄くなった。
さらに驚くべき事なのだが、野菜と果物しか食べていないのに、3週目に入ると体重がぐんぐん増えて活力が体中に漲ってきた。早朝のウオーキングでは、ちょっとした小走りを続けても息が切れなくなった。
広大な敷地を囲む、朝露でキラキラ光る広葉樹の下を走り抜けながら息を吸い込み、空気ってこんなに美味しかったのかと感動した。体は軽く、空まで飛んで行けそうな気がして、自分が病気だという事すら考えなくなった。
食事の後は、思い思いの場所で入所している人々と気軽に語り合ったり、一人で瞑想したり、図書館で(ここには健康関連とスピリチャル関連しか置かれていないのだが)本を読んでみたり、畑に行ってはぶらぶらと散策して食用の葉っぱ類を味見してみたり、ゆっくりと時間が流れる中で好きに過ごした。
五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター