〈第23話〉 一期一会
第8章―――― Esthetician Diary from U.S.A.(米国エステティシャン日記)
一期一会
米国エステティシャン日記を書き始めて、私は徐々に色々な変化を自分自身に感じ始めていた。それは、今までとは別の視点で物事を観察するようになった事である。時には、物事を自分の考えだけでなく、他の観点から見た場合についても考えてみたりする。そして、一番身についた事と言えば、以前に比べて文章を書くことが苦にはならなくなった。
それからまもなくして、私は一生忘れることの出来ないある体験をする。それは、私が仕事を通じて出会ったお客様の死であった。その方が発病し、他界されるまでの余りにも短い時間を見とどけたという経験によって、“人が生きる為の力=QUALITY OF LIFE ”についての意味を今まで以上に深く考えるきっかけとなった。そして、私はこれから自分が仕事を通して出会う人々と共に過ごす時間が、たとえ僅かな時間であっても、一瞬でも、大切にしなくてはいけないのだと言う“一期一会”の精神を強く心に刻みつけることになった。
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この手の向こうに - 米国エステティシャン日記 2006年6月号
Hospitality―心のこもった接客、客を手厚くもてなす事。
欧米では、ホスピタリティーについて深く学ぶ事は、カスタマーサービス業界で働く我々にとって、各自の技術に匹敵するほど重要視されています。私は、お客様と向き合う際に、サービスという仕事を行うだけでなく、そのワンランク上の接客である、ホスピタリティーを提供するということを、今までも、そしてこれからも心掛けていきたいと思っています。
今回、この日記を書くにあたって、皆様にお伝えしたい事があります。
突然ですが、去年から毎月サロンにお越し頂いていたお客様が、先週末に他界されました。
お客様の名前はアイリーンさんといいます。2005年9月から来ていただいたお客様ですので、丁度、このエステ日記が紙面に出た頃からのお付き合いでした。
最初は病院の検査の後、その後は定期的治療に通われる1~2日前に来て頂いておりました。一番初めの施術が終わった後、いびきをかかれ熟睡された事を覚えています。その際、付き添いで来られた彼女のお嬢様から、病気による症状や不安で夜に何度も眼が覚めて、睡眠不足なのだと伺いました。何か少しでも良いので私に出来ることがあればとの思いから、次の予約からは30分程余分に時間をお取りし、ベッドを暖め、照明を落として、少しの間でもゆっくりお休み頂けるようにとの心配りをしてきました。
お亡くなりになる3日前、お嬢様だけがいらっしゃり、あまり調子が良くないと言う事をお聞きして、お見舞いのお花とカードを差し上げたばかりでした。最後にお会いしたのは丁度1ヶ月前で、ハワイへ家族旅行に行かれて戻られたばかりでした。その時にかなりお疲れのご様子で、少しお痩せになられたなと思いましたが、こんなに早く永久にお別れすることになるとは想像が出来ませんでした。正直言って、この日記を書いている今も、アイリーンさんが亡くなられた事が信じられず、人の命の儚さを感じます。
アイリーンさんは、薬の投与で美しい髪を全て失くされた後も、いつもお洒落なスカーフを頭に巻き、明るい色のお洋服を召され、マニキュアとペディキュアをフェイシャルの前に済まされて、とても重いご病気と闘っているとは思えないほど凛とされていました。本当にステキな御婦人でした。
今思えば、アイリーンさんにとって、どんな時においても美しくいる事は、病に負けそうなる自分の気持ちを奮い立たせ、精一杯生きていく為の支えだったのではないかと思います。そしてサロンに御越し頂いてる間は、病気のことを束の間でも忘れ、本当にリラックスされたかったのでしょう。
彼女が去った今、以前にこの日記に書かせて頂いた“一期一会”という言葉が、心に浮かびます。その昔、戦に出向く武士に主(あるじ)がいっぷくのお茶に誠心誠意を込めて“これが最初で最後の一杯だ”という気持で差し出した。それは、究極のもてなしを表す言葉と聞いております。
一瞬、一瞬を大事に、明日再び会うことが叶わないかもしれない客人に、悔いが残らないような応対を行う。それはホスピタリティーの“心のこもった接客”と通ずるものがあります。
そのことを再び、アイリーンさんというお客様を通じて教えて頂いた気がします。
最後に、本日店に立ち寄られた彼女のお嬢様から頂いた言葉です。
「私の母は天国へ旅立ったのだけれど、ゆう子から贈られた花は今も次々に蕾を開いて、美しく咲いていて、それらは母を癒したように、今度は私を癒してくれているのよ。本当に有難う。」
私達は、どちらからともなく両手を差し出し、長いハグ(抱擁)を交わしました。
2006年5月31日
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自宅に戻って、私は一気にこの投稿記事を書き上げた。実はアイリーンさんが亡くなったことを聞いた時、6月号の締め切り日は既に過ぎており、別の記事を既に書き上げて投稿していた。でも、どうしてもこのことを伝えたくて、編集長の江渕さんに無理を言って差し替えを頼んだ。何故だか解らなかったが、今すぐにこの思いを誰かに伝えたかった。いや、伝えなくてはいけないという気がしたのだ。
人と言うのは不思議なもので、自分が病と戦い明日をも知れない状況の時は、本当に一瞬一瞬を大事に生きていた。朝、目が覚めて、家族や誰かに「おはよう」の一言を発する事さえ貴重な瞬間に思えて、精一杯の笑顔で挨拶をした。しかし、それを他の誰よりも判っているはずの私でさえ、社会に復帰して、日々の忙しさに押し流されて、忘れていた。
昨日と全く同じ今日など、けしてないはずなのに・・・。
私はこみ上げてくる思いを一字一句に込めながら、パソコンのキーボードを叩いた。
五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター