〈第29話〉 道はちゃんと続いている
第10章 ―――― Rebirth Experience in Sedona, Arizona (セドナでの再生体験)
道はちゃんと続いている
ふと沸いた興味から岩山にぽっかりとあいた穴へと登る事に挑戦した私は、不覚にもバランスを失って後にも先にも進む事が出来ずにいた。抜き差しなら無い状況を見かねて、先に進んで誘導するアシスタントの男性が、下に向かってこう叫んだ。
「彼女を誘導するのに気を取られているうちに、今までとは少し違うルートを取ってしまったかもしれない。この道はかなり険しいので彼女には無理だと思う。もしもの際を考え、僕は先に下へ降り、彼女を受け止めるようにしましょうか?」
その言葉を聞きながら、絶体絶命のピンチとはまさしくこの事か!と喩えようの無い恐怖を感じた。額から流れ続ける汗が目の中に入り込み、滲みて刺すような痛みを感じたが、片手でそれを拭う事も出来ず、瞬きを繰り返したら目の前が霞んで見えた。そして足の震えは更に激しくなり、岩壁を掴んでいる両手にも伝わって、その場所に立っている事すら危なげな状態になりつつあった。
その時、あつ子さんの確信ある落ち着いた声が下から聞こえてきた。
「ゆう子さんなら行けるよ、大丈夫」
同じ様な台詞を以前誰かに言われた気がした。そしてあつ子さんに続き、ヒーラーの女性がこう私に話し掛けた。
「それは、古代インディアン達が自ら選んで通った道です。大丈夫、道はちゃんと続いています。自分を信じて進めば必ず辿り着きます。」
続けて彼女はアシスタントの男性に向かって、
「君は降りて来なくても良いから、そこで彼女を先導してあげて下さい。絶対大丈夫!」
と言った。その二人の言葉が私に勇気を与えてくれた。“彼女たちの言葉と自分自身を信じれば大丈夫!私は絶対前に進んで行けるんだ。”という思いに集中した。
私は数秒瞼を閉じ深呼吸を数回繰り返した。
“前に、行くしかない。”ただそう思うことだけに気持を集中させた。
そしてゆっくりと目を開けて、自分が進むべき方向を見た。
その瞬間、足の震えがピタッと止まった。峡谷に差し込む木漏れ陽がすーと、私の足が踏むしめる道を照らしてくれているように見え、さっきまで狭すぎると感じていた歩幅の間隔が麻痺したかのように気にならなくなった。
そして“もう大丈夫だ。”と自覚した途端に、私の両指が、どの窪みを掴めば崩れないのかを既に知っているかのように動いた。私はどんどんと斜面を登って行き、そのまま一気に目的の場所まで辿り着く事が出来た。
その穴の中には蒼や赤や黄色、そして透明に輝くクリスタルの石がいくつも置かれてあった。私は手を伸ばしそれらに触れた。指先がジーンと熱くなるのを感じた。ピュウーという口笛の様な風の音に振り返ると、絶景が目の前に広がっていた。少し肌寒い風が汗を掻いた肌にとても心地良かった。私は、達成感で胸が一杯になった。
「うわあー、凄い眺めですね!こんな景色、生まれて初めて見ました。気持ちいい!」
数分前まで感じていた死ぬほど怖かった感覚は全く消え、到達したという喜びの感情だけが体中に溢れた。
「今、貴方が見ているものは、ここへ辿り着く事が出来た者しか見る事の出来ない景色なのです。」
すぐ傍でアシスタントの男性がそう言った時、私は彼の瞳を見つめて笑顔で頷いた。
今度は、今しがた登って来た斜面を滑り降りなければならなかった。上から見る斜面が結構急だったため、私はその場に座り込みなかなか滑り出せなかった。すると、アシスタントの男性は私の前に座り、こう説明してくれた。
「この辺りは紙やすりのようなざらざらの砂岩なので案外グリップが掛かりますから、スピードが出て怖いと思ったら足でぐっと踏ん張れば速度が落ちますので大丈夫です。途中まで滑れば不思議と感覚が慣れてくるので、そうすれば一気に下まで行けますよ。さあ準備はいいですか?行きますよ。」
と言って先に滑って行った。
最初の滑り出しは多少怖かったが、彼の言うとおりにスピードが出たと思ったら、斜面に尻と足を踏ん張るとブレーキが掛かった。感覚に慣れて来たあたりで思い切って滑り出すと、想像したほど怖くはなく、むしろ下から吹く風に煽られて気持ちが良かった。楕円にえぐれた斜面には筋状の帯があり、女性の子宮内はきっとこんな風になっているんだなと感じた。
再生体験とはまさにこのことなのだと私は理解し、斜面を滑りながら思わず叫んだ。
「わかった!私、こんな風にしてお母さんのお腹から生まれてきたんだ!」
五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター
3 件のコメント
再生体験。誰でもができるものではないです!
貴重です!!
そうですね本当に貴重な経験をしました。赤ちゃんも外の世界に出る前は、同じように不安で怖いなと感じるのかしら?とも思いました。
しかし、あの岩登りをもう一度出来るかといわれたら無理です!本当に怖かったんですよ。
けれども同行者のアツコさんは、最初に私が登ると出だした際に
”あら、ゆうこさんは案外平気なのね。でも私は無理だわ”と思っていたそうで、後であんなに私が怖がるとは予想しなかったそうです。
私は臆病者の癖に、たまに後先を考えずに無茶な事をしてしまう事が有るんですよ。
まあ怪我も無く無事に帰還できたし〔ヘリの救助も呼ぶ事無く・・・)絶景も見れたし、
終わりよければ全て良しでした。セドナ編はもう1話だけあります。
おお、これぞ、・・・・・めでたしめでたし。無事、登ることができて良かったですね~。一週間、どんな展開が待ち受けているのか、気が気ではありませんでしたよ。(笑)
一度、セドナに行ってみたくなりましたね。