〈第31話〉 浄化、そして再生していく米国
第11章 ―――― Thank You (命をありがとう)
浄化、そして再生していく米国
2007年の秋が過ぎた頃から順風満帆に見えた米国の経済は翳りを見せ始め、翌年に入ると住宅価格の下落が止まらなくなり、事態は急速に負の方向へ向かった。そして2008年の11月にはサブプライムローン、ヘッジファンドの破綻問題などが発端となりウォール街の株が暴落した結果、未曾有の大恐慌が米国を震撼させた。また、同時期に発生した原油価格の高騰も消費者達の生活を収縮させた。当然の如く、アメリカ中の小売業やサービス業は打撃を受け、特に贅沢嗜好向けの高級レストランや美容サロンなどへの客足が遠のいた。
2003年ごろから2006年の後半まで続いた不動産の異常な高騰期には、全米の中で最も成長が著しかったラスベガスで、新しいホテルや住宅、大型ショッピングセンターの開発工事を目にしない日が無い程だった。しかしバブルが弾け、出資元の資金の凍結や倒産でその動きが突然止まった。
使い捨てられた映画のセットのように、砂漠の真ん中に人工的に植えられたヤシの木、誰も入居することのないカラフルな建物の外壁が砂塵にさらされている光景は、病的な経済状況の象徴のようだった。それよりも悲惨だなと感じたのは、新興住宅で人々が集まる事を見込み、多くのスタッフを雇ってオープンしてしまった大型食料品店や小売店がバタバタと店を閉じていく姿であった。この状態はラスベガスだけではなく、カリフォルニア州やアリゾナ州でも起こっていた。おそらく全米中が同じであろうと予測できた。そして私の周りの人も仕事や家を失っていった。それだけではない、通常不況の影響を余り受けることの無い公務職の郵便局員、看護士、教師の職まで奪われていったのだ。
しかし、そのような状態においても顕著に業績を伸ばし続けた企業もあった。彼らの多くはリーマンショック以前から健全な営業を続けてきた企業であった。私が専門的に勉強している食品小売業の流れを例にとってあげると、生き残っている企業における彼らの理念の中心にある考え方、及び方法は、従業員を大事にしてきた事、安全で新鮮、そして健康的な最良商品をお買い得価格で提供する事、笑顔を絶やさず親切に顧客へ接する事、他の店にはないオリジナリティー溢れる商品の提供等、それらを常に維持し、継続してきた事ではないかと考えられる。
逆に経済の低迷期において、家計の引き締めにシビアになっていく顧客達に対して、とにかく利益を減らして低価格で商品を販売するなど、急遽で表面的な対策を打ったところは、一時的に人が押しかけたが長期的には頭打ちになっていった。また別な視点に立てば、経済がダウンする時期がけして悪い時期だと一概には言えず、結局の所、あの一件以来から消費者はお金の使い方に賢くなり、中途半端でいいかげんな商売の方法は淘汰されてきたと考えられる。お陰で、物を購入する側にとってみれば1ドルを有効に使える価値は以前よりも高くなった。
例えばこれらの状況を人の身体の健康状態に置き換えると、心身、またはそのどちらか片方に負担をかけるような無理のある仕事や、食生活の連続は、やがて病という結果を招いてしまう。そしてシリアスな状態=重い病となり、先ずはそれを抑えるために強い薬を飲み、悪い部分やその周りの組織を切り取ったり、高熱で焼いてしまったりなど、急を要する対処を行うのが常である。症状によっては、それらの処方が必要である事は否定できない。しかしそれだけでは根本的に状態を改善させる事にはならない。個々の身体にあった、健全で基本的な食生活や休息(心と身体を大事にする)を維持するライフスタイルを長期に渡って続ける事が、真の意味で肉体を再生していく。そうすることで改善される身体は、場合によっては以前よりも良い状況になるケースもあると考えられる。
病気になる事はけして悪い事ばかりではないのだ。人は病んでみて、始めて健康に感謝する。一瞬、一瞬の時間がかけがえの無いものだと気づき、一生と言う人生を有意義に生きなくてはいけないのだと気づき始める。この国の経済も、浄化し、何が真に求められているのかを見極め、再生する時期である。そして、いつかこの暗雲が晴れたとき、もっと強くて健全な情勢になるのではないかと私は期待している。
さて私の仕事の方は、通訳兼コーディネーターとしてのリクエストが徐々に増えてきていた。浅野氏が日本側に提案する米国視察旅行が、景気低迷期にこそ業績を伸ばし続けている小売業を訪問し、事業の活性に役立てるという方向性が顧客のニーズにあった。また不景気とはいえ、アメリカのヘルス志向熱はこの景気で停滞するであろうと言うアナリスト達の予想を外れ、大きく減少することは無かった。米国では沢山の加工食品を長年摂取してきた事による健康障害や、現在に至るまで健康保険を保持していない人が四人に一人存在するという事実が、病になるともっとお金がかかるという結果を深く認識しており、普段からビタミンなどのサプリメントを食事のように摂取している。それらの要因から、米国のウエルネス産業は100ビリオンダラービジネスの位置を維持し続けおり、日本からも関心を持たれている。従って自らの闘病体験からも勉強を続けてきたウエルネス分野の仕事が続いた事も幸いした。代替治療から食事療法へ、食事療法から健康的な食生活へ、そしてオーガニックへ、最終的には食品全てに関する流通の世界へと興味は広がり、仕事の幅は少しずつ広がっていった。
五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター
2 件のコメント
経済と身体のアナロジーは、卓見ですね。優れた企業の経営には、国の歴史や文化を超えて、普遍性があるように思います。丁度、人間の身体がそうであるように。もともと、スピリチャルの素晴らしい伝統を持っている米国ですから、一度辛苦を経験して、正に浄化され再生を果たしていくことでしょう。ゆう子さんの体験とオーバーラップして、説得力を感じました。再生のキーは、自己マスタリー(鍛練)と教育でしょうか。・・今回も、興味深く読ませてもらいました。
Apple Townさんの
コメントに感謝です。
自分の住む米国に再生して欲しいという
強い願いもこめて書かせていただきました。