生き残りをかけたラスベガスの小売業 Still Surviving
ニュースでご存知のように、米国の住宅価格がまた下落し、雇用や製造業関連の経済指標も予測を下回り、その当然の結果として株価も下がりました。
特にラスベガスの住宅価格は底知らずの低迷をみせています。経済恐慌による大波の被害を最も受けた地区と言われるほど、その爪痕も生々しく、建設途中の住宅や開発中のショッピングモールの多くが、すでに3年以上も野ざらし状態のままです。しかし、その混沌とした中でも、生き残りをかけてさまざまな取り組みを行なっている小売業がここに存在しています。
以前、商人舎ホームページで連載した私の体験小説、「Thank You 命をありがとう」の中でも書きましたが、年にわずか100ミリしか雨の降らない砂漠の、過酷で乾いた大地でも花は咲きます。それはどんなに恵まれた森の中で咲く花よりも美しく、力強く、見るものの心を打ちます。
ということで今回は、ラスベガスの町で生き残りをかけた勝負に挑んでいる食品小売業の取り組みについてお話したいと思います。
商人舎USA視察ツアーのベーシックコース(ラスベガス)で結城先生と共に視察したGlazier’s Food Market Place。おりしも、この食料品店はリーマンショックが起こった2008年後半に開店予定でした。しかし凄まじい経済打撃の影響によってオープンは遅れ、翌年の2009年9月にアップスケールなグルメスーパーとしてグランドオープンしました。ロケーションは住宅開発が拡大するはずであったラスベガスの西南地区で、バブルがはじける前の高級志向者を対象に、おそらく大きな収益を期待していたはずです。
Glazier’sが開店してすぐ、この店に訪れた私が目にしたのは、車がまばらにしか停まっていない広大なパーキングロット(駐車場)と、客よりも働いている従業員の方が多い様子でした。ただし、店内の雰囲気は東海岸の優良店Wegmansを彷彿とするようで、惣菜やベーカリー、青物コーナーはバラエティーに富み、内装やライトニング(照明)も洗練されていました。Eat Inコーナーに置かれたグランドピアノの自動演奏は訪れる客にアップスケール感を与えていました。
開店以来この店には幾度か訪れましたが、内心、「周りの住宅建築がストップし、多くの人が破産して家を手放す中、いつまで経営を維持できるのかな?」と思っていました。現にラスベガスでは、さまざまな小売店舗が軒並み閉鎖していく状態が今でも続いているのです。
ところが、つい先日、久しぶりにこの店を訪れてみて吃驚しました。店内はお客で賑わっていたのです。特に目を引いたのが、オープンキッチンでスクラッチから(素材をきざむところから)調理されてどんどん陳列されていく、種類豊富な少量パックの惣菜でした。
一般的なスーパーマーケットでアメリカンサイズを見慣れている我々の目には、その“お一人様サイズ”がヘルシーで新鮮に映りました。
内容も他の店では売られていないものばかりでした。すべて、オーナーのMr. Glazierの奥様が開発したレシピ通りに調理されたものらしく、パックや惣菜コーナーに“Mrs. G’s Signature”とか“Mrs. G’s Chef To go”と書いてありました。
ギリシャ、フレンチ、イタリアン料理など、エスニックな味の料理で、ラスベガスの有名ホテルにあるバイキングで出てくるような珍しいものばかりです。地元の口コミブログを見ても、ここの惣菜は非常に人気があり、顧客が店を訪れる目的になっています。
結城先生とこの店を訪れた際、社長のMr. Glazierがいたので(彼はたいてい店に居て、周りのスタッフに目を光らせています)立ち話をしました。Mr. Glazier曰く、小パック惣菜を始めてから客足が増えたそうです。
他のスーパーで売られているミールのように、すでにメイン、副菜からデザートまでが決まっているのと違い、Glazier’sの惣菜は、全てを自分の好みで選んでコンプリートミール(完成された食事)に出来ることが顧客に評判が良いそうです。
そしてエスニックな料理は、その国の人が食べても納得のいく味に近づける努力をしています。
もちろん寿司も売られていました。他の店のように作られたものを発注して販売せずに、魚からさばいて作っており、日本人の客が美味しいと言ってくれるので、自信をもっていると言っていました。
また、ラスベガスが全米や世界中から人が押し寄せる観光都市で、たくさんのコンベンション(催し物)が開かれることを利用して、家族同伴で訪れるビジネスマンの妻や娘達を対象に、近い将来、料理教室を開く予定です。ストリップの老舗レストランのシェフを店に呼び寄せて、店の食材を利用した1日クッキングスクールを行い、それをテレビで流すのだそうです。
特に印象的だったのは、Mr. Glazierが最後に言った一言でした。「まわりのスーパーはローカル、ローカルと言っているが、私が目指しているのは商圏範囲の広いリージョナル、いやそれ以上なのです。遠くから客が車を乗り付けて来る店になりたんですよ。ラスベガスにGlazier’sありきと人々が口にするONLY ONEになることが目標です。」
Glazier’sは今のところ単独店ですが、今後3店舗を出店予定なので、このようなことが言えるのも理解出来ます。ペンシルバニア州で16店舗経営していた店を売却し、一度はリタイヤ(引退)をした現在66歳のMr. Glazierが、砂漠の真ん中の町で熱く語る言葉に大きな力を貰いました。
被災し、多くを失った東日本の町に、今年も桜の花が咲きました。結城先生が先月まで標語とされていた“すこしずつ、ひとつずつ、いっぽずつ”から、今月の“顧客からのスタート”とあるように、困難の中でも前へ踏み出すきっかけは顧客のニーズに中にあります。そして日本の小売業界がいつか大輪の花を咲かせ、未来を切り開いていくと信じています。
<By 五十嵐ゆうこ>