“Food, Inc.”
先日、夕食の後にテレビのチャンネルを適当に選んでいたら、以前から見たいと思っていた番組が放映されていた。本年度のアカデミー賞でベスト・ドキュメンタリーにノミネートされた“Food, Inc.” である。
始まって既に30分が経過していたので、前半の内容はわからないが、私が見たのは、近年大問題となった、大手ハンバーガーチェーンで起きた食中毒事件によって、幼い子供を亡くした母親のインタビューのシーンからであった。その後、有機農業や地産地消の重要性、牛や豚、鶏の家畜産業の大型施設に関し、飼育や食肉加工時における衛生面での問題、そこで従事する違法労働者の現状、殺されていく家畜に対する余りにも非道な扱いについて、などが語られていた。
誰もが知る、大手食肉会社の処理施設で働く人間に、隠しカメラで撮らせた映像は衝撃的であった。身動きも取れない小さな施設で、豚はホルモンや抗生物質入りの大量の餌を与えられ、育てられる。最後には鉄で出来た部屋に生きた豚をぎゅうぎゅうに押し込め、その泣き叫ぶ声と共に、片面から押し出された鉄板でギューと押して圧死させる。そしてどんどん商品へと加工されていく。「家畜はどうせ食べられてしまうのだから」と言ってしまえば、それまでなのだが…。牛や鶏も同様の残酷な扱いで加工されていた。また、ひき肉を腐らせないようにアンモニアにつけていたシーンはちょっと“ゲッ”となってしまった。
その逆に、ナチュラルな方法で家畜を育ていてる中小のフィードロット(出荷前の肉牛を飼育する施設)においては、餌は牧草中心で、家畜に十分な運動をさせ、ストレスがたまらないように飼育されている。フィードロットのオーナーの一人は、彼の家畜の糞は安全で、栄養のある肥料として畑に散布可能だと語っていた。しかし、ホルモン剤や抗生物質を与えられ、鶏の屍骸などを餌にしている家畜の肥えは非常に悪臭がして、畑に使用は出来ない為、土に埋めるしかないのだそうだ。
この放送で私の注意を特に引いたのは、“早く、安く、多く”の食生活を続けることによって、消費者が将来的に身をもって払うこととなるツケについてであった。
経済低迷の時期から、大手ファーストフードチェーンでプロモーションされた「$1均一メニュー」についてクローズアップされていた。小学生と中学生の姉妹とその両親が、夕食代わりにドライブスルーで$1均一のフードを買い求めていた。夫婦共働きの為、夕食の時間がいつも夜の9時近くになるので、ファーストフードをよく利用しているそうだ。加工食品を多くとっている為であろう、夫婦と小学生の娘は完全な肥満体系であった。休みの日にスーパーで買い物をする母親が生のキャベツを手にしたが、その価格を見て、また元へ戻した。私は思わず、「戻さないで!買ってあげようよ!」と口に出してしまった。しかし、彼女はこう語っていた。「$1あれば野菜や肉も入って、既に調理されているハンバーガーが買える。しかし、いくら体に良いと解っていても、このキャベツ1個は$1以上もする。そう思うとやはり簡単で、安いほうを選んでしまう。だってキャベツを1つだけ買って、それをそのままかじるわけにもいかないでしょう?今、夫が糖尿病にかかっていて、その薬代だけで月に$150以上の医療費を支払っている。また、折からの不景気で収入も減り、夫婦共働きをしているので、食事を作る時間もないの。」と。こうして育ち盛りの子供達は今日も$1のファーストフードを食べさせられている。そして一番恐ろしいなと感じたことは、その糖尿病の夫がまもなく病のせいで失明するかも知れないと話していたことである。子供達にも同様の食生活を続けさせることにより、彼女たちにも将来、健康上の問題が訪れるかもしれないことを両親は理解していないのだろうか?もしくは、ある程度の予測は出来ていたとしても、限られた収入で日々の生活を送るには、選択肢など無いのかもしれない。悲しいことにアメリカの子供達の健康は、医療費の支払いもままならない低所得者層の間で最も深刻な状況なのである。
現在の統計では、アメリカの若年層の3人に1人、そして低所得者・マイノリティーの子供たちの2人に1人が肥満体質で、糖尿病の疑いがあるそうだ。所得の格差は健康の格差でもあると番組のナレーターは語っていた。この問題を解決するにあたり、番組の制作者が提案していた幾つかの案を以下にあげてみる。
* 幼稚園や学校で子供達に提供されるミルクなどの乳製品を全てオーガニックにシフトする。
* ナチュラル食料品店でも“フードスタンプ”を使用できるようにする
* オーガニック・地産地消の食料品を出来る限り多く買い求めることでローカルの生産者の利益を活性化し、コストの減少を図る。
* 学校で提供するカフェの食事のピザやハンバーガーを減らし、野菜を含むバランスのとれたヘルシーメニューを増やす。
この放送を見てから2日後に、知り合いがロスアンゼルスの小東京に開店した、ベジタリアンレストランに誘われて食事をすることになった。そこで友人と“Food, Inc.”の話をしていた際に、たまたま隣に居合わせた50代くらいの白人男性が話しかけてきた。彼も同じ番組をみたそうで、その話題で盛り上がった。彼は特に菜食主義者ではないが、以前は体調をよく崩して仕事も休みがちだったそうだ。ガールフレンドの勧めで、食生活に気を配るようになり、オーガニック・ナチュラルを取り扱う、WHOLE FOODSなどの食料品店で購入した食材を食べるようになってから、病気にかかりにくくなったそうである。最初はオーガニックが高いと思っていたが、実際にはそのおかげで医療費もかからなくなり、仕事も休まずに元気に働けるので,結果的にはお金をセーブできることに気が付き、以前にも増して、食について考えるようになったのだと話していた。彼は“自分が幼い頃は牛乳が瓶に詰められて配達され、時には家の前に半日くらい置きっぱなしの時もあった。卵は常温で、鶏肉だって買ってきて暫くは冷蔵になどいれずに、そのままキッチンにだしておいて調理して食べていた。けれどもあの頃は牛乳にも、鶏肉にも、現在のように変なケミカルが入っていなかった。それを食べても深刻な病気にかかる人は、今よりもずっと少なかった。今は色々なケミカルが作用して、食品を腐敗させる以上に人体に危険な化学反応をおこし、人々はそれによって健康を害しているのではないのか?”と言っていた。
そこのレストランのオーナーによると、開店以来、何の宣伝もしていないのにも関らず、客が100%納得のいく安全で、ナチュラルで、食べてもおいしいものを提供し続けていたら、ナチュラル志向の客から客への口コミと、インターネットの書き込みだけで繁盛するようになってきたそうである。わざわざ遠いところから車で1時間以上かけ、店を探してやってくる人も多いと話していた。なんと某有名石油会社の御曹司が常連で、自家用ジェットで州外から来て、家族4人分の夕食を定期的にお持ち帰りするのだと言う。また、新進気鋭のアーティストがやってきて、壁に飾る絵を無料で書かせて欲しいと頼まれ、それを見るために、また別の客が訪れる。通常のグルメレストランではこんなに容易に客が集まらない今のご時勢で、なんともうらやましい話である。やはり自然食に対する支持は熱いのだと思う。
数年前、仕事でTRADER JOE’Sのバイヤーと話した際、これからはナチュナル・オーガニック食料品がコンベンショナル(伝統食)を押しのけて、市場のメインストリームになると語っていた。ベジタリアンも、バリュー志向者も、一般消費者も、誰もが安心して口に入れることが出来、お買い得価格で、そして美味しければ、マス・マーケットに受け入れられる。それが本来あるべき、ヘルシー(健全な)な食品流通の姿であるべきなのだと。そうしてTRADER JOE’Sはどこよりも早く、チャイナフリー(中国産の原材料を不使用)を取り入れ、原料に至るまで徹底して行なった。結果、サブプライムの影響などで食品小売業が減速する中でも、彼らのプライベートブランドに絶対的な信頼を寄せる顧客によって、着実に売り上げを増加していったのである。
米国の大型健康食料品店WHOLE FOODS MARKETでは、今年からグルメ志向的なプロモーションを控え、創業時のベーシックな理念に帰って、“健全な肉体に宿る、健全な食生活=医食同源”をモットーに、顧客に向けて健康的な食生活を発信していくと語っている。
日本の食品小売業も近い将来に同じ道を辿るのであろうか?
最後の補足として“Food, Inc.”の冒頭30分を逃した私は、DVDを購入しようかなと思い、色々と検索をした。現在のDVDの一般販売価格は$21なのだが、“安く、多く”の代名詞であるWal-Martが、どこよりも安い$9という価格でDVDを販売しているのが興味深かった。参考のために以下が“Food, Inc.”のウェブサイトである。
“Food, Inc.”
You will never look at dinner the same way
http://www.foodincmovie.com/
※文中の画像はすべて上記URLより抜粋しました。
五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター