スーパーマーケットのマーケティング vol.1
1. 初期のマーケティングの概念と戸惑い
■「マーケティング」という新語
今日ではマーケティングと言えば、誰でもよく使い、よく理解している言葉のように思われている。しかし少し注意深く考えると「経営」「グローバリゼーション」「安全・安心」などなど、広範囲にわたる概念を一括して明確化するのは極めて難しい。そのため我が国のチェーンストアが活躍し始めた昭和30年代か40年の暑気にかけて、チェーンストアにはマーチャンダイジングが大切であって、マーケティングは必要ないという論者も現れたりもした。ちなみに、この頃は製造業をはじめ、他の産業では、マーケティング論全盛で広告代理店をはじめとするマーケティング屋が次々に登場した時代であった。
その頃、私は繊維商社の社員であったが、学校時代には習わなかったマーケティングなる言葉が、技術革新などの新語と並んで毎日のように新聞誌上で使われるのを戸惑いながら読んでいた。そこで解説書を読んだり、セミナーに参加したりしたが、いつも釈然としないものが残った。あるセミナーで某大学の商学部教授がやさしく解説するためか、次のような比喩を使った。
「大量生産が進んだため従来の販売方法では処理しきれないほど製品が増える。これを処理するために広告宣伝をし、より多くの消費者に買う気を起こさせて、その後でセールスマンが販売をする。このような一連の活動がマーケティングである。あたかも戦争で空爆した後に歩兵が登場して掃討するようなもの…」と語った。
産業のあり方が変化しているので営業の仕方の変わらなければならないということが漠然と解っただけで、マーケティングの意味を理解することはできなかった。
その後、マーケティングには市場調査、広告宣伝、ディーラーヘルプス、商品開発、テスト販売、販売促進、PR、etc…などの課題が含まれていることを学んだ。その中にマーチャンダイジングも含まれ、プロダクトマネジャーの職位のあることも知った。大学には経営学科を新設するところも増えてきて、マーケティングは一部の学生間で花形的存在になった。
■チェーンストアのマーケティング
我が国のチェーンストアが登場したのは、このような不調の時代で、大多数は40~100坪程度の小型店であった。スーパーマーケット、あるいはスーパーストアと呼ばれるセルフサービスの店舗は安売りで売上げの増大を図っていた。
その頃、消費財製造業では、自社製品の占拠率を高めるため、流通経路対策に力を入れ始めていた。今では業種店と呼ばれている従来の繁盛店を支援して自社製品をより多く取り込もうとしていた。その政策の一環に値崩れ防止があった。値崩れの大きい商品は繁盛店が嫌ったからである。
しかし、価格安店の高い商品ほど、チェーンストア側では安売りすると効果がある。つまり、良く売れるので、製造業とチェーンストアの間に軋轢が発生する。この軋轢の解消もまた製造業のマーケティングの新しい課題として登場した。
この例のように、マーケティングは製造業を中心に発展し、外部からの研究が進んできた理論領域であった。したがって、マーケティング研究者もチェーンストアのあり方について深い関心を持つようになり、製造業中心にマーケティングの研究をしている学者の一部が経営の新しい戦略的視点としてチェーンストアを注目するようになった。さらに、商学研究者、商業指導者は当然のことながら業界の革新に対し、積極的発言をしていた。
しかしながら生れたばかりのチェーンストアは、まだ幼くて骨格も固まらず、筋肉も発達していないので、どういう動きをするようになるのか、まだ実態をつかめない段階では、研究者達の発言にさまざまな重要な見落としや欠落があったり、解説や見解に相違があったりした。
前述の「チェーンストアにマーケティングは不要」という論理の背景は理解しかねるが、当時の斯界の雰囲気の中で「チェーンストアには製造業のようなマーケティングは不要」と言いたくなる人がいても不思議ではない。これは換言すれば、「チェーンストアにはチェーンストアのマーケティングが大切である」ということなのである。
続きます