スーパーマーケットのマーケティング Vol.19
19. イタリアの自生的変容から学びとれること
ここで、また少し脱線することをお許しいただきたい。脱線してまで申し上げたいこととは、上述したような自生的変化を自生性のままに見逃してはならぬということである。
■イタリアの文化
昨年末からNHKのBS番組でイタリア文化特集が放映されている。大変面白い。他国、例えば、英米仏独などとの違いを解説するプログラムでは全くないが、私にはこれらの国との違いがはじめてよく分かったという気になれた。そこが面白かった。
ローマの文化を地域(国土全体、つまり半島全体で)引き継いだイタリアには、さまざまな芸術、すなわち美術、音楽、建築などが豊かに育った。また、半島の各所に多くの良港があったため、地中海沿岸各地との交流に恵まれ、物産を入れやすく、経済的にも発展した。
物産と共に文化も流入し、前述の芸術の発展にも貢献したという。半島内各地が貴族の統治下にあって、イタリア全体に統一的統御するシステムは無かった。イタリアの各都市は、住民主体で発展してきため、それぞれが大変個性的で、現在世界中からの観光客を楽しませている。また、国民は個性的な自分の故郷に誇りを持ち、伝統を大事に保存してきたという。
プログラムの一つで、ビジネスマンの家と日常生活の一部を紹介したものがあった。日常生活では、音楽を演奏していた。プロ並みの技術の持ち主である。また、オペラを鑑賞しているシーンもあった。家はゆったりした間取りの部屋がいくつもあり、壁には大きな絵画がいくつもかけられており、一つの部屋の天井には星空を模した装飾が施されていた。このビジネスマンは天文学への造詣も深いという。
このプログラム以外の番組でも、職人が親譲りの仕事に誇りを持ち、地元の音楽文化を楽しむなど、豊かな人間生活を描き出した映像がいくつも紹介されている。
■イタリアの食生活
食生活も紹介されていた。イタリア人のイタリア料理研究家のコメントが特に面白かった。イタリアにはイタリア料理など無いというのだ。あるのは地方料理だけで、全部違う。
この研究家は、まだ知らない料理がたくさんある。特に南部と北部のはずれにはこの専門家の手のつけていない料理が数多く残されていると言っていた。地方料理のレストランの経営ぶりが2~3紹介されていた。全部地産地給料理であった。それぞれが特徴的になったわけである。
その中での傑作。あるレストランでは、地元ワインを味付けに使っている。そのメーカーのワインしか使わないという。そのワインメーカーの畑と工場が紹介されている。ほとんどが家族労働で成り立っている。
その家族の夕食が紹介された。3~4世帯の大家族である。毎週一回は、大家族全体で夕食を共にするという。おばあさんがシェフで、若い女性がアシスタントを務める。アシスタント達は、おばあさんの料理を習うのが楽しみだという。日本流に言い直すと、おふくろの味を次の世代に伝えるのが自分たちの責任だということになる。ちなみに、この家族はめったに外食はしないという。
イタリアはグローバリゼーションとは無関係というわけか。
■イタリアとイギリスの比較
イタリアはルネッサンス発生の地域であり、いわば当時は世界をリードする先進国であった。しかし、イギリスを中心に爆発的に突き進んだ産業革命の波、すなわち近代化に乗り遅れた。イタリアの文化は自生的に変容しながら今日に及んでいる。そのために中世の色を強く残した。それぞれが自生的に発生し、発展した個性的な都市が現在、観光客を楽しませている。前述の地方料理も世界中から食通を集めて繁盛している。しかし、彼らはチェーンストアを世界に出店しようとはしないであろう。それがイタリアの文化になっているからだ。
学生の頃、イギリスは伝統を重んじる国だと教えられた。今回テレビで、イタリア人はイギリス人以上に伝統を重んじる国民であることを知らされた。しかし、イタリア人は伝統に縛られているとは感じていないようだ。1人1人はのびのびと暮らしているようである。
イギリスは伝統を重んじる国かもしれないが、産業革命で一度は伝統を突き破り、ブルジョアジーと呼ばれる新しい階層を生み出し、貴族政治を終わらせるという革新を遂げた。その結果として、生み出された民主議会政治は、長い期間、自由主義国の模範として政治学の研究テーマとなった。
イギリスは議会政治で決定した政策によって、その後の繁栄を築き上げた。しかし、イタリアには、文化がイギリスのような近代政治の発生を拒み、国として強制力の強い政策のないままに自生的変容を続けて、現在の社会を実現している。そこには、アメリカなどにみられる現代社会が失った、ほのぼのとした人間味が職人の罵り合いの中にも感じとられる。アメリカやイギリスなど政治政策の行き渡った社会と、イタリアにみられる自生的変容にゆだねる比重の高い社会とではどちらが住みやすいのか、豊かなのかは、私には判断がつかない。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という。今、私は歴史に学ぶことの重要性を改めて強く感じている。しかし、賢者にほど遠い私には結論が得られない。しばらくは考え続けなければならない課題となろう。
ただ当面の問題として、国および企業組織の競争力を論ずる場合は、的確な政策のある場合と、自生性にゆだねる場合の優劣はあまりに明白で論議の必要もあるまい。
続きます