試行錯誤
「本領安堵されぬ時は、君も君と思わず」
鎌倉実記の中にある御家人の言葉である。
要するに、命を賭けて戦った、その報酬、本領安堵が、
不十分であれば、君子に忠誠である必要はないと、
言っているのである。
これが鎌倉武士の心意気であった。
彼らは実利を求めて戦った。
これが彼らの武士道であった。
今で言えば、アメリカや世界が唱える国益であり、
ロシア・マフィヤの掟である。
利が無かれば、裏切りは当然どころか(?)、
それは十分な報酬を支払わない方が、裏切ったと考えるのである。
ところが、高倉健さん演ずる、やくざは多少違った。
与える土地が少なくなり、武士道が名誉のみとなった、
江戸時代の葉隠れ武士道。
その影響を受けたのが、健さん演ずるヤクザであった。
要するに、日本人は利より忠誠心を、健さんに見たのだ。
我々は彼に憧れた。
日本人はこの葉隠れで戦った。
武士道とは死ぬことと見つけたり。
日清、日露、太平洋戦争も、赤紙一枚でこの精神で戦った。
利は(合理性)は無視された。
鎌倉武士なら決して真珠湾攻撃はしない。
話は変わる、若い時の事である。
保険会社の新入社員で最優秀成績を収めた我々は、
社長表彰をもらうことになった。
若い私にはこれは一枚の紙切れとしか思えなかった。
社内を一歩出れば、何の価値もない紙切れのために、
俺は一生働くのかと思ったら、
涙が出てきた。
破り捨てた。
若者は過激である。
会社は3年以内で辞める。
東京の満員電車とも、この灰色の空ともおさらばだ。
東京に一戸建ちの家を買ってくれたら結婚してもいい?
そんな事を言った美人の彼女ともお別れだ。
突然、旅行社の看板が目に入った。
カリフォル二アの青い空、
ブロンド美人のビキニ・スタイル、
ローラー・スケートに乗ったポスターである。
これだ、アメリカに行こう?
青い目の彼女が待っている。
地平線の見える国、青い空のある国、フロンティアの国だ。
まだ日本史で言えば鎌倉時代かもしれない。
また別な話。10年以上も前のことである。
シリコンバレーの大成功でニューエコノミー論が語られ、
世界経済は、不景気のない時代に入ったと信じられたころである。
ロングビーチからメキシコのエンシナダに行くまで、
船上セミナーの講師を務めた。
NTTドコモ、第一製薬、JR東日本など若手幹部社員相手だ。
その時、以下の質問をした。
売り上げ100 億円の会社、従業員が1000名の会社の
売り上げと利益が20%下がった。
どうするか?
3つの中から選んで議論をしましょう。正解はない。
1) 給与を20%カットする
2) 従業員を20%カットする
3) 従業員を40%カットして、20%の報酬を上げる
さあ、どうするか?
これを議論する。
さあ、皆様ならどう答えますか?
当時、私が言いたかったのは3)の解決であった。
1) やる気のある従業員の士気に影響するのでダメ
2) 終身雇用、社員の調和が崩れる
3) 必要以上の人を切り、本当にやる気のある人間だけを残して成功報酬を増やし、
真の戦闘集団・少数精鋭主義をつくる。
それはシリコンベレー的経営が賛嘆された時代であった。
やがて、インターネット景気もバブル化して瓦解する。
その次の波は、金融であった。
ニューヨーク、ウォール街の大躍進である。
製造業をあきらめたアメリカは金融帝国を目指した。
広さ1平方キロのウォール街でなんと1年間42兆円稼いだのである。
製造業のトヨタは世界36カ所に工場を持ち、
何十万人の雇用で、たかだか2兆円の利益だ。
ウォール街、この金融バブルも、一瞬にして、音を立てて崩壊した。
2009年は世界中を巻き込んだ100年来の大恐慌の到来である。
話はここでまた、変わる。
先日、ゲームソフトを作成している社長さんと話をした。
「浅野さん、一昨年は、ものすごく儲かりました。
頑張った優秀なエンジニアには成功報酬をたっぷりの弾みました。
ところが、ボーナスをたくさんもらった社員は、
翌日から出勤しなくなりました。
電話を掛けると、十分お金があるのに、
どうして会社にいって仕事をしなければいけないのか?
浅野さん、私は何か間違ったことをしたのでしょうか?」
トヨタ生協の人事課長と、一緒に、徹底的に調査・インタビューを繰り返した。
フォーチュン雑誌で話題になった、
社員が喜んで働く上位100社のうちの、
ホールフーズ(当時アメリカで4位)とナゲット(同13位)。
「会社のどこか好きで、何が働きやすい条件で、何に満足をしているか?」
決まって彼らの答えは同じであった。
「社長が好きだから、働く仲間が好きだから、
会社は私たちの事を考えてくれるから」
それは忠誠心であり、お互いの信頼であった。
日本の忘れ去られつつある、古い価値観と同じであったのだ。
我々の誘導的な質問にも、給与が高いから、
福利厚生が良いからという回答を導き出すことにはならなかった。
トヨタ生協の人事課長は困った。
浅野さんこれでは報告書は書けないですよ。
成功の理由が心にあったなんて。
我々は確固とした眼に見えるもの、
例えば高いサラリーや、良い福利厚生、成功報酬、効率経営が、
一番の動機になっているに違いないと、それを再確認しようと、
優秀スーパーマーケットの調査にアメリカに来たのですよ。
意外にも我々が発見した真実は、
アメリカ企業を底辺で支えてきた忠誠心であった。
決していままで語られることのなかったアメリカの、目に見えない心の部分。
アメリカをここまで大国にし、底辺で支え続けた本当の真実に触れたのである。
それをスーパーマーケット経営で見たのである。
シリコンバレー的経営、ウォール街的経営がアメリカのすべてなかったのであった。
この国は敬虔な清教徒が造った国であったことを思い出した。
しつこく、長い文章になった。
お陰で私も色々な試行錯誤を体験し、異文化の中で考えてきた。
本当に大切なものは、やはりバランスなのである。
物心両面から見た満足や幸福、目先の利益は、
必ずしも長期的成功・繁栄・幸福を約束するものではなかった。
100年以上続く会社が日本には10万社ある?
長く生きづいた伝統と歴史、英知がある。
再び世界は驚く、21世紀の日本は必ず再生する。
それは国益を、真実を、冷徹に見極める新しい合理性と行動力を身に付け、
人を大切にする古い心のあり方である。
浅野秀二
1月10日、2009年