アンコールワット
少年時代誰しも強く心を惹かれた物語があり、
成人しても、その記憶は消えない。
私はドイツの大富豪、シュリーマンのストーリーが好きだ。
彼はギリシャ神話のトロイの戦いを真実と信じ、
実業界で成功し、ついに晩年トロイの遺跡発掘に成功したのである。
私は彼の人生にすごい憧れを抱いた。
兄貴が読んでいた中2コースという雑誌の中に、
アンコールワットの記事が載っていた。
400年も密林の中に隠された巨大遺跡が、
フランス人の手によって1860年代に発見されたという。
この密林の中に少なくとも30万のクメール人が住んでおり、
この都を支えた周辺人口は600万人だったと考えられたが、
忽然と人は消え去り、アンコールワットは見捨てられ、
人知れず400年密林の中に存在していた。
その忽然と消えたストーリーに興奮し、いつか必ず行くと心に誓った記憶がある。
もう一つはインカ帝国を滅ぼしたピサロのストーリーである。
巨大な帝国と人口を持った国を、
スペイン人のピサロ達200名ほどで、インディオを服従させ、
宮殿いっぱいの部屋に黄金を集めさせた。
よく知られた四大文明以上に、これらは新鮮な物語で、今でも深く記憶している。
突然の思い付きであったが、米国へ帰る途中、
3日の予定でアンコールワットを見に行くことにした。
空路ホーチミン経由で9時間かけてアンコールワットの街、シェムリアップに着いた。
埃っぽい街、国道はセンターラインはなく、信号も中心部に4つしかない。
人口はわずか8万人だが、アンコールワットのおかげで
プノンペンに次ぎ、近代都市として知られている。
翌日いよいよ憧れのアンコール遺跡に向かった。
案内されたのはアンコールトムだった。
私は一つしか遺跡はないと思っていたが、
合計すると300以上もの遺跡があるという。
アンコールトムは、周囲12キロの城壁の中心をなすものは仏教寺院で、
回廊には当時の生活を垣間見ることができるユニークな彫刻が残されていた。
戦いの場面が多い。
午後からアンコールワットだ。
南北1300メートル、東西1500メートル、幅200メートルの堀に囲まれた
石造建築で、12世紀前半に30年の歳月をかけて造られた、
単一遺跡としては世界最大の規模を誇る。
ヒンドゥー教の宇宙観を表現しており、聖地として崇められた。
現地に来ると、今まで知らないストリーがあった。
アンコールワットには森本右近太夫という日本の僧侶が、
1632年に墨で落書きをしいた。
フランス人の発見よりも250年も前に、日本人がこの地を訪れていたのだ。
ガイドさんはこの都から忽然と人が去ったのではなく、
タイ人の侵略によって都を捨て、移住せざるをえなかった事を話してくれた。
この国は常に、西のタイからと、東のベトナムから侵略を受けている。
現在は韓国人の進出が激しく、観光客も一番多いそうだ。
街にはハングルが溢れ、多くの高級レストラン、店舗、ホテルなど
韓国人経営が多いそうだ。
それがあまりにも急速で、ガイドさんは韓国の勢いに恐れをなしていた。
日本人は200人。
日本から送られてきた観光会社やホテル、日本語の先生、
あるいはレストランの経営者が中心で、観光客を除けば地元への密着度は弱く感じた。
あちこちの遺跡で上智大学やユネスコを中心として、
日本の資金で修復が進んでいることには誇らしく思った。
もちろん街をわがもの顔で走っているのは
ホンダのオートバイ、高級ホテルやレストランのトイレはすべてTOTO。
さすが日本の商品力だ。
郊外を走ってみる。
密林の合間に水のない田んぼが広がっている。
雨季になるとここに種籾を蒔くだけだそうだ。
牛はわがもの顔で遺跡の中でも、国道でも、田んぼでものんびりと歩いている。
乾季のせいか牛も痩せているが、犬も痩せている。
人間も痩せているが、目つきはやさしい。
宗主国フランスの影響が強いので
小売業の雄、カルフールあたりが進出をしていると思っていたが
近代的スーパーは1軒もなかった。
建築中の大きな新しいショッピングセンターは2つあった。
地元とタイの資本のようだ。
若い国だ。
インフラが出来、製造業が進出してくれば発展の可能性もあるが、
まだ家庭に冷蔵庫やテレビ、エアコンがなく、
電気も通っていない郊外のこの辺りでは、もうしばらく先になりそうだ。
私はシュリーマンではなかった。
摂氏40度にもなろうかという暑さの中、
本音を言えば、すっかり遺跡に興味を失っていた。
早くエアコンの効いたホテルへ帰って休みたい。
ユネスコの世界遺産は人気がある。
どこにでもたくさんのヨーロッパ人の観光客を見た。
日本からのおばちゃん、若い女性もたくさんいた。
エアコンをあきらめて元気なおばちゃんたちの後を、
汗みどろになりフラフラで何とかついて行った。
日本男子、弱音は吐けない。
それにしても少ない日本男性。女性の25%しかいない。
インカ帝国もエジプトもギリシャやローマも私を待っている。
足腰を鍛えなおし、好奇心を失わず、闘争心を持ち続け、
仕事も遊びも燃焼したい。
浅野 秀二 4月22日