大震災に思う
被災者の皆様に心よりのお見舞いを申し上げます。
あまりの未曾有の大惨事に正直、言葉を失っています。
「試練は人を育てる、人生にとって、けっしてマイナスにはならない。」
日ごろのそんな生意気な言葉がいかに無責任か?
この大参事で知らされた思いです。
被災者の皆様の深刻な生活に何もできないもどかしさ、
それに解決がみえない原発の行方?
米国でもすべてのマスメディア、新聞、
テレビチャンネルで絶え間なく報道されています。
特にCNNはNHK以上に臨場感のある報道を続けています。
今回の大地震・津波は、その巨大なスケールもさることながら、
福島原発の事故が伴っていることが、
いままでの地震報道と大きく違っています。
アメリカの報道は始めから、原発・核問題に
多くの時間を割いていました。
NHKを見ていても、曖昧にしか理解できないのに、
彼らの報道は極めて明確で、あいまいな表現はありません。
英語の方が解りやすいと、不思議な気持ちです。
「政府と東電がいかにリスクを隠して来たか」、というような
報道を聞くと日本人としては正直、腹が立ちます。
日本の原発技術が進んでいるので、嫉妬でもしているか?
と、そのような気持ちになります。
しかし、基本的に彼らの報道には悪意はなく、
真摯に真面目に報道しているのが真実です。
偏見のある言葉は、ほとんど聞きません。
むしろ、暖かい彼らの視線に感動することもあります。
日本人の助け合う姿、泣き叫ぶこともなく、悲しみをこらえ、
淡々と復旧に励む姿、忍耐と根性。
すっかり失われていた古き良き、日本精神が再び現れたことが
驚きをもって受け止められています。
家族を失った中学生が悲しみも見せず、
「お互い協力して生きるので僕たちは大丈夫です。」
この言葉に、私は涙が出ました。
立派な子供たちが育っている。
日本も捨てたものでない。
我の我慾を思い、恥ずかしい気持ちで一杯になりました。
昔、日本に住んでいた時、
ソビエト共産党機関紙、プラウダ紙の翻訳が
日経新聞に載っていたことを思い出しました。
要約すると、なぜ日本人は勤勉か?
それは営々と働き続け、これから蔵でもたてて、
豊かな暮らしをしようと思った時に台風や地震で
屋敷、田畑が流され、またその子供たちは一からスタートをする。
その2000年の繰り返しが、勤勉な日本人を創った。
そのような見解でした。
今、日本は歴史上、未曾有の豊かな暮らしをしています。
子供たちはパラサイト症候群で、親にすがって生きる、
その親は両親の遺産を当てに兄弟喧嘩をする姿など、
どこにでも溢れています。
命も財産も永遠ではない、一瞬でなくすことを知った。
西郷さんも言っている。
「子孫に美田を残さず」
子供のために金を無くそう・使いきろう。
この大参事に、この時節柄などと、
委縮して金を使わないことによって起こる、
不景気という二次惨事を招かないように、
金のある人は被災者の皆様に、幾分か寄付をし、
大いに消費をして戴き、日本経済を強力にすることで、
被災者の皆様に貢献しましょう。
この大参事を日本人精神の再生の機会として欲しい。
頑張れ日本、
助け合いましょう。
日本、世界の人々の手も借りましょう。
浅野秀二
3月17日
2 件のコメント
同感です。日本の報道は曖昧模糊の表現が多く、事実報道と評価・オピニオン等が一緒にされています。また、多くの民放のニュ-スソースは同じものが多いのが特徴です。たぶん、浅野さんもご存知でしょうが、AC(民放の社団法人公共広告機構)のメッセージはやや洗脳的な側面もあるようです。もちろん、電気を消すこと、無駄な買い物をしないことなどは大事な道徳観ですが日本中にそのことをメッセージする意味はなんなのか不明です。
勿論、日本は震災以降、国民の暮らし方や家族の絆、人との関係などを大きく見直し、価値観の転換をせまられることになるでしょう。しかし、多くの国民が一つの価値観で考える日本特有の発想は改めたいものです。
東北関東大震災で被災された方々や地域が一日も早く復興するように微力なが努力したいと考えます。
マイド・ジャック様
コメントありがとうございます。
今までの戦争や災害と違うのは
ソーシャルネットワークやインターネットでグル―バルな視点から
いろいろな意見や見方が出ていることです。
これは力にもなるし、外圧にもなりますね。
その時にあまり軸がずれたような政府見解や、
日本の世論があると、徹底的にたたかれますね。
今のところ、世界の世論は暖かいまなざしで
日本を見てくれています。
これは大きな財産です。
日本がまじめに誠実に生きたことが
大きな力になった事に驚いています。
頑張りましょう。