チャレンジャー・挑戦者(2)、吉田エリ
サクラメントに住む友人から電話がかかって来た。
「ボランティアで吉田エリちゃんの通訳をしてきたの。
5月29日、CHICO市でデビューするから、応援に来て!
エリちゃんの球団オーナーも紹介するわよ!」
「もちろん、万難を排していくよ。」
我が家から車で3時間半、サクラメントの北2時間、
カリフォルニア最大の米作地帯だ。
町は人口89000名、カリフォルニア州立大学の球場で、
独立リーグ、ゴールデン・ベースボール・リーグの試合は行われる。
チーム名はCHICO OUTLAWS・無法者。
彼女は18歳、身長156センチ足らず、体重52キロだ。
これが大リーガー体験者もいる190センチ前後、体重100キロの
プロ野球の大男に立ち向かうとは、とても真面目な話とは思えない。
冗談か?マスコミが作り上げた八百長か?
私は信じられない。この目で確かめてみたい。
思い出せば、中学校のバレー部(松江市で優勝)でアタッカーだった
私の身長は当時171.7センチ、松江市では有名な走り高跳びの選手でもあった。
しかし、高校では身長180cm以上ないと、一流になれないと勝手に自分で決めつけた。
結局、バレー部にも陸上部に入らず、かといって受験勉強もしなかった。
大学はスピードを生かそうとして日本拳法部に入ったが、
この体格では大山倍達にはなれない。 挑戦は4年で終わった。
常に一流への挑戦を、体格を言い訳にあきらめてきた。
本当は根性がない、怠け者だった。
その私にとってナックル姫、エリちゃんの挑戦は、信じられない思いだ。
女で、156センチで、アメリカのプロ野球へ挑戦。
2部リーグだろうが、3部リーグだろうが。
俺はキツネに化かされているに違いない、
この目で確認したい、真実なら何が何でも応援したい。
私は、そもそも独立リーグで野球をやっている連中が信じらなかった。
年棒で生活できるのか?
メジャー・リーグならいざ知らず、3流の世界で何が面白くて??
しかし、つまらないという期待は見事に裏切られた。
独立リーグは、めちゃめちゃ面白かったのである。
試合は午後7時15分開始のナイター。
雲一つないカリフォルニアの田舎町、収容人員は3000名ほどか?
午後5時過ぎに球場到着、友人からオーナーの奥さん、
メアリーさんを紹介され、写真を一緒に撮った。
彼女の旦那・球団社長は元大リーガーの選手である。
切符は無料、しかも特別席、草野球は楽しい。
始球式をするのは、町の日本食レストランのオーナー、
今後エリちゃんに食事を提供するというスポンサーシップで、その栄誉を手にした。
親父ギャルとなって彼女を探す、球場の遠い所でストレッチをしていた。
すぐ目に入る、大男の中に可愛らしい少女がいるのだ。
帽子から髪の毛もはみ出している。
なかなかツーショットで写真を取るチャンスはない。
日本から来た、たくさんの報道関係者もいる。
もちろん、20名を越すアメリカ人、カメラマン、
CNNを初めとする、大手テレビ会社、地元の新聞社、
ニューヨーク・タイムズ、LA・タイムズ、サンフランシスコ・クロニクル。
もう大リーガー並みの報道体制であった。
報道関係者に中に帽子をかぶった女の子と話す、
何と彼女が吉田エリちゃんのエージェントと言う、
女子大生のようだ、権威や格式などまったく感じられない。
ロスで会った野茂のエージェント、ダン野村など
日本のファンを無視する、高慢な態度であった。
このローカルな雰囲気こそ独立リーグの魅力か?
野球に縁のない様な太ったおばさん、人の良さそうなおじさん。
刺青のアンちゃん、グローブを持った子供たち、
CHICO大学の肌の露出度の高い女子大生、皆お友達だ。
オーナー・メアリー女史の指示で試合が終わるまで、
写真撮影、インタビューは禁止されている。
時々球場の周りを本物の大陸横断列車が走っていく、
シアトルのセーフコ球場のローカル版だ。
トイレの前で友人の兄が、カメラを持って立っていた。
「何をしているの?」 「エリちゃんがトイレに入りました。」
「写真を取らなきゃ!」
彼女が出てくると白人女性がサインを求めた。
笑顔でサインをしている姿に勇気もらい、
「写真一緒に撮ろう、頑張れよ」 親父ギャルに成りきる。
さて試合開始、振りかぶって第一球、速球だ。なかなか良い球だ。
元メジャーリーガー3人を擁する打線を相手に初回を3人で抑えた。
もう大声援だ。
ストライクが出れば、大騒ぎ、撃たれれば、ため息。
ナックル・ボールに目を見張り、時々、ナックル・ボールが抜けて暴投になると、
観客のその落胆ぶりに、本当に彼らに愛されている
吉田エリの挑戦に熱い思いがわき出る。
来て良かった。
我が娘や孫娘を応援来ている雰囲気だ。
1回の裏、ツーアウト満塁のチャンスに1、2塁間を破るタイムリーヒットをうった。
もう、歓声は止まらない。やった。やった。
何か知らないけど、メジャー・リーグでは味わえない、最高の興奮、
ああ、おもしろかった。
彼女はアメリカ人家庭でホーム・ステーをしながら、これからも野球するだろう。
体格や、性別に負けないで、頑張れ。
人生の成功は、結果ではない、
自分の命を燃焼さす事、これが生まれて来た理由だ。
敬遠を良しとする日本の高校野球に疑問を感じる。
あれでは長い人生の応援歌にはならない。
命を生かしきれない奴が、損したことになる。
地獄には優勝カップや金は持って行けない。
5回を終えたところで帰る。3時間半のドライブだ。
真っ黒な高速道路を走りながら、自分の人生の損得を考えながら走った。
浅野秀二
6月3日