小国の幸福 ~スイスの旅 その1~
人生で一番楽しい「旅」を
仕事にしてしまった僕の旅の楽しみは、
とにかく一日も早く家に帰ることである。
家に帰れば、愛犬のチビとモカが大歓迎してくれる。
自宅にいる時こそが非日常、
たまらなく快適なひと時である。
そうは言いながらも、帰国日を楽しみしつつ、
やはり休暇は再び旅に出ることになった。
穴場の旅行が好きな僕は、
誰もが最高の観光地と認めるスイスなどに
特に興味は持てなかった。
ところが、人生と同じで、
人は時々、希望しないことに足を突っ込み、そこにはまる。
サンフランシスコからニューヨーク経由で、
スイスのチューリッヒに着いた。
チューリッヒ市の人口は36万人、大都市圏を入れると147万人。
スイス最大の都市圏だそうだ。
今まで見慣れた各国の国際空港と違って、
こじんまりとした地方都市のような静かな空港に驚く。
これがスイスの表玄関か。
不安な気持ちを抱きながら、
空港でホテルのシャトルバスを待った。
やがて、迎えのバスが来た。
朝の10時15分にホテルに着いたが、
まだホテルはチェックインの時間ではない。
一応フロントに聞いてみよう。
金髪で背の高い、綺麗なお姉サマだ。
「何時にチェックインできますか?」
「部屋の掃除が終わっていれば、今でもOKですよ」
と彼女は笑顔で答えた。
すぐ部屋に入れた。
なんと親切で余裕のある社会だ。
機内では2時間しか寝なかったが、休まないで街に出よう。
ホテル近くにトラム(市電)の駅があった。
しかしコインが手元になく、切符が買えない。
若くて美人な地元の人に聞きながら、
なんとかクレジットカードで買うことができた。
喜んだのもつかの間、あんなに苦労して切符を買ったのに、
改札には出入口がなく、拍子抜けした。
列車にも乗ったが、
ここでも改札口で切符を調べるにくる駅員がいなかった。
誤魔化そうと思えば、いくらでもできるのだ。
しかし、日本人のプライドがそれを許さない。
駅員が多く、誤魔化すことができない完璧な日本の姿が、
これを見ると、妙に人件費の無駄な仕組みに思えてくる。
翌日は23スイスフランですべての公共機関に乗ることができ、
博物館・美術館などを利用できる切符で観光した。
これは確かに安い。
チューリッヒ湖の遊覧船に乗った。
私のテーブルの前に老人が座った。
元IBMの研究員で、ロセオと名乗った。
「スイスは教育レベルが高く、職業訓練制度は優れている。
技術コンクールでは韓国には負けるが、世界有数の国だ」
(韓国か…日本ではなかったのが悔しい)
スイスの一人あたりの国民所得は、$51,170。
ルクセンブルグ、ベルギー、シンガポールに次いで世界4位。
上位の国はすべて小国である。
ちなみに日本は15位で$34.640。
ロセオとの会話は弾んだ。
「スイスではイノベーションが日々行われ、
特に医療・薬、機械、時計、金融、観光、IT産業で
ヨーロッパのどこにも負けない。
最も成功した豊かな社会なのだ。
失業率は3~4%、この湖の周辺の家は5~6億円以上、
世界の金持ちがここに住んでいる」
もっと話していたかったが、船が陸に着いてしまった。
「さようなら」
3日目の夜、ツアーの団体に合流した。
アメリカ人とオーストラリア人、合計32名の参加。
夕食時に、各々が自己紹介。
旅のコーディネーターはイタリア人の女性。
明日からはいよいよアルプスに行く。
翌朝、簡単な市内観光後、
サンモリッツ(St. Moritz、標高1800m)に向かった。
有名なスキー・リゾートで、
3000mを超える山から一気にすべり降りることができる
最高のスキー場である。
行く途中はカリフォルニアのヨセミテ公園を、
もう少し大きくしたような大景観だった。
その姿の美しさに感動の声を挙げながら、
2600mのユリア峠(Julier Pass)を越える。
周辺は3600mを越す山々が広がっている。
街に着くと、馬車が待っていた。
馬車で片道約15kmかけ、
氷河の近くまで行くと言うのだ。
氷河が解けた川は、ミネラルの影響で乳白色。
この5年で氷河のサイズは半分ほどになったらしい。
地球温暖化の影響を最も受けているのはスイスだ。
今度来るときには氷河に見えないかもしれないと説明を聞き、
たくさんの写真を撮った。
その後、ヨーロッパで一番水が澄んでいる、
サンモリッツ湖(Lake St. Moritz)を見ながらホテルへ。
水を清く保つため、エンジン付きのボートは禁止されている。
スイスは環境問題の意識が高いのだ。
この町はヨーロッパ、いや世界のリゾート地。
世界の富豪が住む町らしい。
スイスの美しさは、想像以上だった。
途中たくさんのインド人と中国人のグループにあった。
歴史は動いているのだ。
この美しさと快適さを見て、彼らは何を感じるのだろうか?
やがて彼らの国から移民が押し寄せるだろう。
その兆候はすでにみられる。
<By 浅野秀二>