イタリア紀行【1】~いざ、イタリアへ!~
ギリシャ神話に見られるように、
古代ヨーロッパは多神教・多くの神々がいた。
もちろん、古代ローマもギリシャに影響を受け、
名前こそ違えど、多神教であった。
アメリカのインディアンもポリネシアンも
インドのヒンズー教なども、ほとんどの国では、
古代は多神教であった。
要するに日本における八百万の神である。
人間はどの民族においても、
自然の恵み、生存に必要な太陽や水や岩や木を、
また、食糧となる動物や魚に心から感謝し、それを神として、
あがめてきた歴史がある。
感謝の心こそが、神を造った??
ところが、ローマ皇帝コンスタンティヌスが、
紀元4世紀、キリスト教を国教にすることによって
一神教(異教徒は認めない)となっていく。
この時、今までの神々を否定したので、多くの宗教戦争がおきたが、
皇帝の加護を受けたキリスト教の勝利に終わった。
一神教は誰の創造か?と言うと、ユダヤ民族の物語、
旧約聖書の中のモーゼが、シナイ半島で神の啓示をうけた
十戒の時代あたりに見えるが、それは私の勝手な想像である。
一神教は人間の心から湧き出る本来の姿ではなく、
政治的目的で発明されたような気がする。
とにかく、西洋キリスト教社会は、
一神教により、政治的パワーを手にした?
それが産業革命と相まって、多神教の国々を侵略、植民地化した。
「一神教になると国力は強化され、隆盛となる」と仮説持っていた。
だとすると、共産主義という一神教を抱いた中国13億の民が、
中華思想と一緒になって、21世紀の新興勢力として、
アジア・アフリカを征服、欧州・キリスト教諸国、
イスラム世界に挑戦する。
その時、日本の神々は滅びる。そんな事を危惧している。
それは今回の旅の途中、寛容を持たない一神教が、
必ずしも最強でないことを学ぶことになった。
さて、我が家には山の神がいる。
山の神のお告げは、イタリア旅行だった。
バチカン博物館でキリスト教の歴史を詳しく日本語で聞けるように
今回はJTBのツアーに参加することにした。
サンフランシスコからフランクフルトまで12時間、
乗り換えて1時間半でイタリア・ミラノに向かった。
途中、雪を抱いた峻厳・壮大なアルプスを見た時、
紀元前218年カルタゴの名将ハンニバルが、
北アフリカから、地中海を渡り、スペインのピレネー山脈を越え、
フランスに入り、アルプス越えて、5万の兵と37頭の象に乗って、
ローマ帝国に侵入、勝利の一歩手前まで行ったという
歴史の壮大なスペクタクルなドラマを中学の時代に習ったことを、
思い浮かべ興奮した。
初めてのイタリア旅行である。
長い間憧れていたが、生来のあまのじゃくで、
人が行くところにはあまり行きたくなかった。
中学、高校で習ったローマ帝国には、昔から強い関心があった。
また最近、塩野七生さんのローマ帝国の興亡史や、
『海の都の物語』、『ヴェネツィア共和国の一千年』6巻を読んでから、
改めてイタリアの歴史に興味を持ち、やはり1度は行く機会を探していた。
絶妙のタイミングで山の神の一声に従うことにする。
とは言っても、今回はJTBの一般募集観光であり、
ある程度の好奇心は満足させれば良い。
ミラノからベローナ、ベネチア、ナポリ、ローマが予定に入っている。
もちろん、イタリアのスーパーマーケットも
時間のある限り見学したいと考えた。
グルメなイタリアの食文化を堪能し、
イタリア民謡、カンツオーネが聞ければ、それは最高だ。
ところが、ミラノ空港へ2時ごろ到着したが、
スーツケースが2つとも出てきていない。
たくさんの人が列をなし、紛失中のバッグのクレームをしていた。
荷物は明日の午後に届くでしょうとのことだった。
ホテルが毎日変わるので本能的に、最低でも2~3日、
いや最悪、今回の旅では出て来ないことを覚悟した。
これには、相像以上に大きなストレスを感じた。
同じ体験をする人の気持ちが痛いほど解った。
でも、これを引きずっていては、旅行は楽しめない。
手ぶらになったので、地下鉄に乗り、郊外のホテルへ入った。
ホテルはジプシーの多い地区でレストランがほとんどなく、
あまりいいロケーションではなかった。
2時間後、ホテルのロビーで日本からの添乗員にあった。
団体はアメリカからではなく、日本から来ていたのである。
我々はそんなことさえ、知らされていなかった。
添乗員は、流通研修ツアーでも来たことのある
知り合いの柳田氏であった。彼なら安心だ、すべて任せよう。
部屋に入るが、コンピューターのケーブルがないので、
しばらくインターネットが使えそうもない。
もちろん、着替えも、歯ブラシもない。これには本当に落ち込んだ。
初日がついに終わった。
いつも問題はある。忘れて寝よう。
明日からリカバリーだ!
浅野秀二
7月15日