大ロシアの旅(Part6) ~ビザで絶対絶命の巻~
旅の期間中、頭の片隅にずっと気にかかっていたことがある。
それはロシアの一日期限が切れた滞在ビザのことである。
お金の問題は、すべて現地のクルーズの会社が
後で請求書を送ってくれることでケリが付いていた。
その上、当座の小遣いとして$300まで貸してくれたのである。
ビザの件も一応、クルーズ会社から書類はもらってはいた。
ロシア語で読めないがVISAの期限は31日になっているバウチャー(証拠書類)である。
これを持って空港の航空会社のカウンターで$25支払えば、
無事に出国でできると聞かされていた。
「それでも信用しない」というのが
外国生活が長い経験から来る疑心暗鬼である。
何が起こっても不思議はない。
いやな予感があった。
そして、それは見事に的中することになる。
帰国の日の朝、ビザの件があったので、
できれば他の人より早めにタクシーで空港に行き、
この件を処理しようと考えていた。
しかし、ご存知のように十分なお金はないのでバスで行くことにした。
飛行機は12:35発、空港行きのバスは朝の8:30発。
「合計4時間ある、これなら何とかなるだろう」と、安易な気持ちになっていた。
やがてバスは出発したが、走り初めて5分後、
私の後ろの席から、おばさんが叫んだ。
「私、キャビンに宝石箱を置いてきた!」
バスは緊急停車し、彼女の御主人とガイドが、走って船に戻っていった。
電話でのやり取りが聞こえてくる。
どうやら見つからないようだ…。
時間は刻々と過ぎていく。
もう一人のガイドに私の問題を説明して「間に合わないのではないか?」
と何度も暗に出発を催促した。
しかし、他の連中は静かに待っている。
私も冷静な顔をして耐えた。本当は叫びたかった。
何と45分間待ったのであった。
宝石は無事見つかり、拍手の中でバスは再出発した。
ところが、行けども、行けども空港に到着しない。
遠い…本当に遠い。成田並みだ。
結果的にそこから59分かかったようだ。
モスクワ空港は、1500万の人口が周辺に住んでいるにしては、
とても国際空港と呼べるような近代的な物ではなかった。
市民が航空機で移動するレベルの社会では無いようである。
小さな空港は人の波でパニックになっていた。
通常の手続でもチェックインができそうにも無いと思えた。
でもまだ2時間半はある。楽観的に考えようと務めた。
私とロシア人ガイドは走って行って、航空会社の担当者に問題を告げた。
すると「チェックインはできない。ビザが切れている」
と彼は冷たく言い放った。
「スーパー・バイザーと話をしろ」
一人だけオレンジの制服を着ている女性がいた。
金髪、ブルーアイで痩せている。
目がつりあがり、鼻は高く、異常に細く尖っている。
そう、魔法使いの若い時の人相だ。
これはやばい。
事情を話そうとするが、聞く耳はなさそうだ。
「見れば解るだろう、この混雑だ、貴方のビザの問題なんか、
手助けをする暇があると思うか?
我々は航空会社で、ビザはロシア領事館の仕事。
貴方の問題と我々は関係無い」
まさにとっとと消えうせろ、と言わんばかりである。
私とロシア人ガイドは、その剣幕に恐れをなして、
インフォメーション・デスクに行った。
彼らは領事館に電話を掛けてくれ、ガイドがロシア語で交渉をしてくれる。
やはり航空会社の手助けが必要なのだ。
再び航空会社のカウンターに戻り、彼女を避けて他の男性に聞いたが、
再び魔法使いの彼女のところに戻された。
彼女は先ほど以上に声を荒げて、我々を追い返した。
私とガイドは再び、インフォメーション・デスクに
事情を説明しに行ったが、結果は同じだった。
彼らも何も手助けできないと言う。
時計はフライトの出発まで1時間しかない。
船の仲間達も心配そうに見ている。
私はガイドに「もっと強く、スーパー・バイザーにロシア語で、頼んでくれ」と懇願した。
ところが、ロシア人ガイドは言い放った。
「貴方の問題を他人の私がどうして解決できるのか?
YOU MUST INSIST!(もっと強く主張をしないといけない)
それは俺はやらない、お前の問題だ」
そして彼は去っていってしまった。
私はその時、目が覚めた。
「そうか、俺の依頼心が問題解決を阻んでいるのいるのかもしれない。
金も無い、ビザも無い、クレジットカードも無い。
知人は誰もいない、言葉もわからない。
タクシーでモスクワのロシア領事館やアメリカ大使館に行こうにも、金が無い。
絶対絶命、絶望だ。涙も出ない。
しかし何としてもこのフライトで帰らないといけないのだ。困るのは俺だ」
魔法使いの彼女に会いに行った。3度目には、多少暇になっていた。
私は大声で叫んだ。
「YOU MUST HELP ME! HELP ME PLEASE!(助けてくれ、お願いだ!)
この飛行機で帰らないといけない。
スリにあって所持金もクレジットカードもすべて取られた。
ロシアの印象は最低だ。帰国時にまた困難に遭遇している。
ロシア人は、どうしてそんなに不親切で、他人が困っているのを無視できるのか?
説明して欲しい、せめて領事館に電話をして欲しい」
彼女は目を一層吊り上げて、「電話だけはしてやる」と言ってくれた。
領事館員と約5分程度話をしていた。
部下の若い女性を呼び、「彼女と走っていけ、あと50分しかない」
2人で走った。
長く、遠い。
実際走ったのは5~6分と思うが、10分以上に感じられた。
やがてセキュリティで止められ、彼女だけが入っていった。
「領事館員を連れてくる」
時計を見ながら待つが、待ちきれない。
トイレには行きたくなるし、わずか10分間ほどであったが、絶望的な時間だった。
出てきた係員にパスポートを渡し、$25を支払う。
彼は「待っていなさい、パスポートにビザの判子を押してきます」と再び消えた。
これがまた、なかなか現れないのだ。
ユナイテッド航空の彼女も来ないし、時間は40分しかない。
「もうだめだ。
ビザを軽く考えた私が間違っていた。」
後悔の念が頭を駆け巡る。
すると彼らが来た、助かった。
高いハイヒールを履いた彼女と走りながら、
「よくこのヒールで走れるな?若さはすごいな」と思った。
カウンターではチェックインの時間は過ぎていた。
でも親切にも全員がわれわれを待っていて、気にしてくれていたのだ。
「心配しないで、間に合わせます」
そばでセキュリティの背が高い女性が
「私についてきなさい、責任を持って貴方を飛行機に乗せます」
涙が出た。
多くの人が並ぶセキュリティで、一番前に並び、問題なくパス。
それから5分はまた走った。
やっと搭乗口が見えた。
助かった。本当に助かった。ありがとう。
彼女に持ち金すべてチップで渡そうとしたが、受け取らなかった。
彼らは誇り高い民族である。
賄賂がすべてと聞いてきたが、そうでもなかった。
実は、私のガイドに個人的に渡そうとしたチップも拒絶されていた。
金の問題ではないのだ。
国際社会で生きていくのは、強い自己主張が必要だ。
これは船上セミナーでのプーチン氏の写真。
プーチン氏の顔がたくさん写っている写真、すべて同じお顔をしている。
喜んでいるときも、怒っているときも、興奮しているときも
いつも同じ顔という、彼の特徴を示す写真。
強い意志の表れでしょう。
今回のいろいろなことを学んだ、反省の多い旅であった。
サンフランシスコまで1万5000キロ、興奮して眠れなかった。
反省点。
私のように旅慣れている人が、実は良く問題を起こすのだ。
免許証など不必要な物は外国旅行には持っていかない。
クレジットカードも国際的に認知されているので、ビサか、マスター・カードのみ。
そして家族旅行なら全員が違う番号を持つ。
当日必要なもの以外はホテル内の貸し金庫に入れて出る。
現金は分散して持つ。
クレジット・カード、パスポートも分散する。
私は腰につけるパウチに財布を入れていたので膨れていて、目立っていた可能性がある。
パウチは切られて取られる可能性もある。
鋼が入った切れない商品もあるようだ。
とにかくどこに貴重品があるのか、解るような無用心はいけない。
出発前にビザは再確認する。
用の無い人が近づいたら、それは泥棒だ。即、離れること。
アメリカに帰って2匹の犬を抱きしめた。
最初はうれしそうに鳴いていた。
ところが、途中から声が違ってきた。
犬が叫び始め、怒っているのである。
「どうしてこんなに長い間、僕らを放って出ていたのだ」
間違いなく彼らの目と声は、それを訴えていた。
浅野秀二
8月11日