「岡田卓也の十章」の顛末と御殿場プレミアム・アウトレット

今日は午後に来客。
鈴木瑞穂さん(右)。
㈱未来屋書店常務取締役。
その左が工藤澄人商人舎編集長、
それから山本恭広流通スーパーニュース編集長。
㈱商業界から2007年に発刊されたのが、
『岡田卓也の十章』

編集は当時、出版部長だった工藤さんが担当。
当時、イオン常務だった堤唯見さんが、
全体を丁寧に確認してくれた。
私が最後に手を入れて、
社長としての最後の置き土産にした。
その経緯は2007年08月22日のブログに書いた。
『岡田卓也の十章』発刊の内幕
この本をイオン㈱人材育成部が、
社員教育のツールとしている。
そして未来屋書店が本を提供している。
しかし手持ちの在庫が減ってきた。
版元の㈱商業界は会社がなくなっている。
そこで㈱商人舎に相談に来てくれた。
商人舎には『岡田卓也の十章』をつくった2人がいる。
お手伝いすることにした。
1985年、㈱ブックバーンが設立された。
当時のジャスコ㈱の全額出資の子会社だった。
当初は郊外型小型書店チェーンを目指した。
米国のバーンズ&ノーブルやボーダーズがモデルだ。
しかし、大規模小売店舗法の規制緩和で、
郊外型の小型店は競争力を失った。
そこでイオンモールを中心に、
ショッピングセンターのインショップ型に、
出店戦略と店舗戦略を変えた。
1999年、「未来屋書店」のバナーに替えて、
2006年、「株式会社未来屋書店」に商号変更。
鈴木さんはブックバーンの時代から、
この会社に勤めている。
要件の話が済んでから、
鈴木さんが話し始めた。
「私は商業界と関係があるんです」
「えっ?」
「父が勤めていました」
一同、「えーっ?」
なんと鈴木瑞穂さんは、
鈴木學(こう)さんの息子さんだった。
學さんは私の5歳年上で、
月刊ファッション販売や月刊商業界の、
名編集長だった。
商人舎の工藤さんは2年間、
學編集長の部下だった。
私たちは「ガクさん」と呼んでいた。
そんなことで話は盛り上がった。
學さんはまだ元気で、
本を読んだり散歩したりしているらしい。
うれしかった。
これからもよろしくお願いします。
御殿場プレミアム・アウトレットは、
日本で断トツのアウトレットセンターだ。
三菱地所・サイモンの運営。
静岡県御殿場市にある。
富士山観光と組み合わせた観光ルートとして、
周遊客を取り込んでいる。
直行バスと路線バスは、
都内や神奈川県などを発着するルートが、
26路線もある。
そのほかに観光バスツアーが、
埼玉、千葉や愛知の各県とつなぐ。
たとえば東京からの観光ツアーは、
朝、都内を出発して富士山5合目を訪れ、
世界遺産の忍野八海(おしのはっかい)に寄り、
夕方に御殿場アウトレットで買物する。
敷地内には小田急リゾーツのホテルクラッド、
日帰り温泉「木の花の湯」も設置されている。
御殿場アウトレットは2000年に、
小田急御殿場ファミリーランドの跡地に開業。
立地を強みに変える店づくりに力を入れ、
これまで3回の大規模な増床を実施。
2020年には駐車場を増設し、
プレーグラウンドも設けた。
現在の敷地総面積は
東京ドーム9個分の約42万㎡で、
店舗面積は開業当初の約3倍になった。
ショッピングセンターは、
5次くらいまでの増床計画位をもったうえで、
開業しなければならない。
テナントは約290店。
ナイキなどのスポーツブランド、
グッチ、プラダ、もちろんコーチなど、
ステータスブランドも出店している。
その店揃えも周期的な入れ替えをする。
実際に前期はテナントの大幅チェンジで、
客数増と売上げ増を実現させた。
飲食店も人気の「さわやか」などが入る。
25年3月期のレジの利用客数は約1200万人、
開業翌年の約2倍に成長している。
26年3月期の店舗販売額は
前期比4.1%増の1467億円と過去最高を更新。
来場客は国内客が多くを占めており、
インバウンドの開拓余地もある。
月刊商人舎では2023年7月号で特集した。
Outlet Center Age

御殿場が日本第一のアウトレットセンターで、
第二が三井アウトレットパーク木更津。
イオンモールも第三勢力として、
「ジ・アウトレット」を開発している。
アメリカには300ほどのアウトレットがある。
日本はそれに対して34カ所。
人口比にすれば100カ所くらいできる。
御殿場はそのなかで、
王者の地位を維持するのだろう。
富士山周遊客のバスツアー取り込みも、
絶大な効果がある。
店舗もショッピングセンターも、
増床し、変化し、
テナントを入れ替え続けねばならない。
『岡田卓也の十章』の第一章「店舗」の言葉。
「建物」が多いだけで「店」は少ない。
ん~、納得。
ありがとうございます。
〈結城義晴〉






































